ウヲノメ 後編

母は、肺癌で死んだ。
そして、私は肝臓癌。

 

二人とも酒も煙草もやらないのに、肺や肝臓がやられていった。発癌性物質がどうとか生活習慣がどうとかいわれるが、そんなことより遺伝と体質が要因だ、と私は思う。
母は年老いてから発症したが、ずいぶんと進行が早かった。多分、本人は痛みや違和感を堪えてかなり以前から無理していたんだろう。あの世代は我慢が美徳みたいに考えているところがあるから。周囲にしてみたら、そんなに我慢されても困ることもあるというのに。

母が発癌したときに、自分はきちんと健診を受け、無理をするまいと決めた。酒や煙草は断ち──もっとも元々好んではいなかったが──健康で健全な生活を送ろう、と。
まだ梨香が幼いのだ。どこかの男と出奔してしまった母親はあてにならない。梨香を守るためには自分が倒れるわけにはいかない。

これは自分の人生において、なかなか不思議な出来事だった。
仕事も何となく選び、女房もいつのまにか選び──そしていつのまにか消え──、流されるように暮らしてきた自分が初めて強く決意したことだったのだ。
顔立ちは母親似だが、愛想のないところはどうも自分によく似てしまった娘に対し、当たり前のことかもしれないが自分は愛情をもっていたのだなぁと驚いた。
しかし、その決意が自分の体力や能力を超えてしまったのか、はたまた梨香が大学に入って一段落したことに安堵したのか、発症してしまった。人生で唯一といってもいいほど強い意志をもって決意したことすらできなかったことになる。そんなものかもしれない。

医者に癌を宣告された日、私は家に帰って淡々と梨香にそれを伝えた。夕飯を食べながらだ。梨香が作った麻婆豆腐と春巻き。小さい頃からやっているので、梨香の手料理はあの子の母親よりも旨い。
梨香も自分のつくった料理を食べながら、淡々と私の話を聞いていた。
祖母や犬が死んだときも、梨香は涙を見せなかった。哀しくはないのだろうか? それとも私に、誰かに涙を見せないだけなのか。いずれにせよ、私達は今まで通り、淡々と生活を送るのだ。私の死の瞬間まで。

祖母も入院していた病院は、私が入院するときには建て替えられてすっかりきれいな病棟になっていた。クリーム色の清潔な床や壁。
「昔は、病室狭かったのにね」
「うん?」
梨香は、大学と病院を往復する生活を送っていた。大学生の生活はよくわからない。梨香は、突拍子もない時間に病室に現れる。今日は休講、今日はサボッた、などと言いながら。
「おばあちゃんが入院しているとき、ベッドの脇のベンチにちょこんと座っていた覚えがあるの。小学生だった私でも狭いなと思っていたから、相当狭かったんじゃない?」
仕事帰りに母の病室を訪れ、ベッドを仕切るカーテンを開けると、おかっぱ頭の梨香が私を見上げていた。たいていは宿題を終えて、教材をきちんとランドセルにしまった後だ。私を見てにこりとはするものの、はしゃいだりぐずったりしない子だった。あれから梨香はずいぶん背も髪も伸びたけれど、ベンチに静かに腰かけて低い声で話すところはあまり変わっていない。
「お父さん、個室じゃなくていいの?」
何を見てそう思ったのか、梨香が突然言い出した。同室の人が、見舞いの出入りが頻繁な様子を見て思ったのだろうか。
「いいよ、もったいない」
「お父さんがだいぶ保険かけていたから、ベッド代はあるよ」
「そんなの、今使わなくていいよ。とっときなさい」
快適さを求めて個室に入る人もいるが、そうでない人もいつかは個室に移る。最期のときは、個室に移される。骨と皮だけになった腕に、窓からの初夏の風が当たる。去年はこの風を爽やかだと思ったはずだが、今年はこんなに暖かい風でも冷たく感じる。
「梨香」
「なあに」
梨香が窓を閉めながら訊いた。
「魚の目、できてるか?」
クレセント錠を閉める梨香の手が、一瞬止まった。でもそれは、ほんのわずかな時間のことだった。
「できてるよ」
キュッと音を立てて、鍵が閉まる。腕に当たっていた風が止んだ。
「そうか」
いつもと変わらない、梨香の淡々とした答えを聞いて、私はなぜか安堵した。

近いうちに、私は個室に移るのだろう。そして、梨香の足の魚の目が消えるのも、間もなくだ。

 

膏薬を塗りこんだテープを引っぺがすと角質が剥がれる。
痛みに顔をしかめた。
父が生きている間はどんな薬でも効かなかったのに、葬式も四十九日も終わった今はこの通り。一晩薬を塗っただけでぼろりと剥がれる。

引越しの準備が一通り済んで、がらんとした居間の真ん中に腰を下ろした。ちっともワックスを塗っていなくて傷だらけの板の間に、ショートパンツから伸びた脚を放り出す。足の裏を窓に向けて風に当てた。多分、数日中にはすべすべの足の裏が戻ってくるだろう。
父が入院した頃から、左の足の裏にぽつぽつと魚の目ができた。ハイヒールを履くと痛くなる部分に、五、六個。またか、と思ったし、きたか、とも思った。そして、祖母のときやチャミのときよりも、痛かった。

大学に入って付き合いだした祐次に、一度魚の目の話をしたことがある。
去年の夏のことだっただろうか。駅のマクドナルドのカウンター席に並んで座って、二人ともチーズバーガーを食べていた。ラブホでセックスをして、私達はひどくお腹が空いていた。外は雨が降っていた。
「親しい人が死ぬとき、魚の目ができるって聞いたことある?」
なんでそんな話をし始めたのか、覚えていない。雨で少し陰鬱な気分になっていたのかもしれない。祐次はコーラをLサイズのカップで飲んでいて、ストローを噛みながら瞳をくるっと回しながら少し考えた。
「いや、聞いたことない」
「私、できたの。おばあちゃんのときと、チャミのとき」
「チャミ?」
「うちで飼っていた犬」
「ふうん」
祐次は急にかがみこみ、私の右の足首をつかんでミュールを脱がせた。
「今はないよな」
「うん、大丈夫。祐次はまだまだ死なないよ」
「ばか。そう簡単に死ぬか」
祐次はそう言ったけど、簡単に死ぬのだ、人は。ちょっとした病気や、思ってもいない事故で。

父は、病気に対して一切抵抗しなかったように私には見えた。もちろん医師の言う通りに治療は受けていたけれど、なんていうか、死に直面してもがいたりあがいたりするような感じじゃなかった。まだ若かったからあっというまに癌細胞がそこら中に転移したと思ったら、静かに泥に沈むようにするすると死を迎えてしまった。日々増えて大きくなっていく魚の目が、私にも父の死を静かに受け入れよと言っているようだった。
父が貯金や保険を残してくれたし、狭いながらも土地と家を売ることもできた。大学を卒業するまでの生活費や学費は充分まかなえるだろう。家を売った不動産屋に大学の近くのマンションを安く紹介してもらえたし、不要な家財道具も売り払うことができた。これからの生活、なんの心配もない。
ひとつだけ気がかりといえば、私の母に父の死を知らせることができていないってことだ。父が残したものをすべて引っ繰り返してみたけれど、母の連絡先がわかるようなものは何ひとつなかった。ひょっとして、父も母の連絡先を知らなかったのかもしれない。祖母も父もいなくなって、この家も売ってしまった今となっては、私はきっとこの先母に会うことはないんだと思う。

マンション生活は快適に滑り出した。1Kのマンションは狭い。でも、実家も大して広くなかったから、ひとりだったら充分。小さなキッチンで自分ひとり分の食事をつくり、小さなテーブルでそれを食べて、電車で二駅先の大学に向かう。バイトはあまりしない。週に一度、中学生の家庭教師をするくらい。
子どものときと変わらず、家に閉じこもるのが好きだ。もうチャミはいないけれど。チャミの代わりにときどき祐次がマンションに来る。
祐次は私と違って活発だ。大学の講義の後にサッカー部の練習に出て、スポーツクラブでのバイトをしてからうちに遊びに来る。疲れた、くたくただ、などと言いながらも、私のつくった晩ご飯をぺろりと平らげる。そして、よく喋る。一言も話さずに食事が終わることもしばしばだった父との生活は、だんだん遠くなっていく。

 

ある朝起きてベッドから降りると、痛みが走ってその場に崩れこんでしまった。
まだ寝ぼけていてどこがどう痛いのかよくわからなかったけれど、もう一度立ってみてわかった。足の裏が痛い。おそるおそる見ると、魚の目ができていた。それも両足にびっしりと。
「ひっ!」
あまりのグロテスクさに悲鳴を上げた。
こわごわともう一度見ると、角質が硬い部分どころか土踏まずや指にまでできている。昨日の夜までは、確かにつるりとしていたのに。魚の目がひとつでもできていたら、私の足にキスするのが大好きな祐次が気づくはずだ。
薬箱を引っ繰り返し、魚の目の薬を取り出した。父が亡くなったときに買ったやつが残っていた。足の裏を見ると、ぎちぎちに並んだ魚の目が私を見ている。気持ち悪いのを堪えて薬を塗った。薬が染みて激痛が走った。額に脂汗が浮かぶ。あんまり魚の目が多いから、残っていた薬では全然足りなかった。薬局に行って買わないと、いや、病院に行った方がいいかもしれない。専用のテープで薬を塗った部分を覆おうとしたけれど、テープも足りない。仕方ないので大判の絆創膏を貼り、靴下をはいた。出かける準備をしようとしても、足の裏が痛くて立つのもままならなかった。
それにしても、父のときですらこんなにたくさんの魚の目はできなかったのに。それに、もう縁が近い人など残っていない。誰が死ぬというのだろう。
祐次?
鞄を引っつかんで、スニーカーを履いて慌てて外に出た。私に近い人なんて、今は祐次くらいしかいない。確か、祐次は今日は一時限目から講義があると話していた。病院は後回しだ。とにかく、まず大学へ行って祐次の無事をこの目で確かめないと落ち着かない。
クッションが柔らかいスニーカーを履いているのに、一歩一歩踏み出すたびに痛みが走って顔が歪んだ。ときどき転びそうになる。いつもはゆっくり歩いても十分かからない駅までの道のりが三十分かかった。やっと改札を通る頃には、汗だくになっていた。
ようやくホームに出た。通勤通学のピークは過ぎているけれど、まだホームには人が多い。びっちり並んだ人の頭を見ると、自分の足の裏に並んだ魚の目を連想して気持ち悪かった。足を引きずるようにして、乗車口に辿りつく。ただ立って待っているだけなのに、つらい。少しずつ体重をかける場所を移動させて痛みをごまかした。でも、魚の目ができていない場所なんかない今の足の裏では、どこに体重を乗せても痛い。さっき見た大量の魚の目が並ぶ足の裏がもう一度頭に浮かび、眩暈と吐き気に襲われた。

耳鳴りがする。
それは耳鳴りではなく、ホームに入ってくる電車が立てる轟音だった。

 

バッグの中でスマホが震えた。
教壇にいる教授に見つからないように、こっそりスマホを取り出した。梨香からのメールだろう。でもそれは電話の着信で、画面には見たことのない電話番号が並んでいた。梨香も友人もバイト先も全部番号は登録してあるのに。首を傾げながら、スマホを持ってそっと講義室を出た。

電話の相手は、警察だった。梨香の電話の着信履歴を見て俺のスマホにかけてきたらしい。警察は、梨香がさっき電車に撥ねられて死んだと言った。冗談かと思った。ずいぶんタチの悪い冗談だ。
「俺、魚の目なんかできてないですよ」
警察は俺が何を言っているのかわからなかったんだろう、俺の言葉を無視して、確認してほしいから病院に来るようにと言った。

梨香のマンションの近くの赤十字病院に、梨香は収容されていた。地下の、冷たい殺風景な霊安室。壁際の小さな机に申し訳程度に置いてある仏具が、かえって寒々しい雰囲気を醸し出していた。
そして、梨香にかけられた白い布も。顔には布がかけられていなかったけれど、血の気がない頬に大きな傷がついていて隠してやらないと可哀相だった。

布からはみ出していた足の裏を見ると、昨夜と変わらずにつるりとしていた。