美人の憂鬱 3.冷たい夏

夢を見た。

 

薄暗いビルの中。壁も床も灰色に塗り込められている。ちょうど、コンクリート打ちっ放しの内装のようだ。手を触れなくても、ひんやりとした感触が伝わってくる。けれど、それが本当にコンクリートなのかどうか、私には分からない。
私は螺旋階段を昇って、ある場所へと向かっている。その場所をうまく説明することはできないけど、どの場所に向かっているのか自分にはよくわかっている。
けれど、階段は妙に長い。塔の中のような場所を、上へ上へと向かっているらしい。階段の終着点は見えない。窓がなく、薄暗いからだ。窓がないのに、どうして自分の足元は見えるのだろう。まるで、私自身が発光する生き物のよう。深海でも触覚で周りを探る魚のよう。
先が見えなくて不安に駆られるけど、でも私は昇るしかないというのが自分にはよくわかっている。

不思議と、長い階段を昇っているのに息切れはしない。どこまでも昇っていけるような気がする。これは夢だから、と、頭のどこかで考える。少し足を止めて、上を仰ぎ見る。上に行けば行くほど薄暗くなり、天辺は闇が濃く広がっている。こんなところから、さっさと抜け出してしまいたい。でも目覚めることはしない。途中で止めることはいつでもできるのに、私はそれを自分では選ばないということを、自分でよくわかっている。

 

澤村さんは、取引先の会社の社長秘書をしていた人だ。今は、営業に異動してしまったけれど。
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美人の憂鬱 2.儚い春

夢を見た。

 

薄暗いビルの中。壁も床も灰色に塗り込められている。ちょうど、コンクリート打ちっ放しの内装のようだ。手を触れなくても、ひんやりとした感触が伝わってくる。けれど、それが本当にコンクリートなのかどうか、私には分からない。

私は螺旋階段を昇って、ある場所へと向かっている。その場所をうまく説明することはできないけど、どの場所に向かっているのか自分にはよくわかっている。
けれど、階段は妙に長い。塔の中のような場所を、上へ上へと向かっているらしい。階段の終着点は見えない。窓がなく、薄暗いからだ。窓がないのに、どうして自分の足元は見えるのだろう。まるで、私自身が発光する生き物のよう。深海でも触覚で周りを探る魚のよう。
先が見えなくて不安に駆られるけど、でも私は昇るしかないというのが自分にはよくわかっている。

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美人の憂鬱 1.暖かな冬

夢を見た。

 

薄暗いビルの中。壁も床も灰色に塗り込められている。ちょうど、コンクリート打ちっ放しの内装のようだ。手を触れなくても、ひんやりとした感触が伝わってくる。けれど、それが本当にコンクリートなのかどうか、私には分からない。

私は螺旋階段を昇って、ある場所へと向かっている。その場所をうまく説明することはできないけど、どの場所に向かっているのか自分にはよくわかっている。

 

マンションの郵便ポストを数日ぶりに開けた。

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雨が降り始めた。

 

通気孔から、パタパタという音が聞こえてきた。なんとなく湿った匂いが鼻腔にまとわりつく。
違う、もしかすると、ずっと前から降っていたのかもしれない。私が気づかなかっただけで。

だって、気づく暇なんかなかった。彼と抱き合っているときには、そんなこと考える余地なんてない。雨の音を聞いている時間なんてない。

聞こえてくるのは、私の喘ぐ声。肌が擦れる音。彼の溜息。粘膜の響き。私はそれに夢中になっている。

匂いだって、私の鼻は彼の肌にほぼぴったり寄り添って、雨の匂いを嗅ぐ暇なんかなかった。
お互いの汗でずいぶん部屋の空気が湿っていると感じていたけど、雨のせいもあったんだ。

でも、どこかで冷静に、私ったらなんてバカげた声を出しているんだろう、と観察している私がいることにも、ちゃあんと気づいてる。勿論。

私の上で死んだようにぐったりしている男の背中をそうっと撫でながら、私は愛おしい気持ちで雨の音を聞いていた。でも、私が今愛おしいと思っているのは、この男なんだろうか。それとも雨の音なんだろうか。

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