かぐやひめのものがたり 一 東の市の市女は

さぁさぁ、お偉いお殿様。そう、そこのあんただよ。
お暇がおありならちょいとご覧なさいな。うちが取り扱っている品は、東の市でいっとう出来の良い物ばかりだよ。ほら、この梳櫛を見てごらんよ。見事な螺鈿細工になっているだろう。こんなに綺麗な白蝶貝、それにこんなに繊細な細工、ちょっとよそでは見られないよ。これをお殿様の奥方に、もしくは可愛いおなごにでも買っておやりになれば、喜ばれること間違いない。
自慢じゃないが、うちはとある公卿のお邸にも出入りしているんだ。さるお偉いお人の北の方がうちの商品をお気に召していらっしゃってね。良い品が入るとうちの旦那がご覧に入れようとお邸にお邪魔するんだ。

お偉い方の奥方は、やはり気前がいいんだねぇ。あたしも旦那もびっくりするくらいの高値でぽんぽんとお買い上げいただくんだよ。おかけでこちらも稼がせてもらえて、仕入れ先や細工商人に無理が言えるってもんだ。おかげさまでうちの評判は上々で、京の都のお土産にと櫛を奥方におねだりされた旦那達は、揃いも揃ってうちの店にやってくる。そりゃ中には値段に目ぇ剥いて裾まくって帰っていく人もいるけどね。この櫛一枚で一年食えるほどの値が張るんだもの。ははは。そんな、お殿様みたいな方にはちょっとした額さ。びびって帰るのは、田舎役人の従僕達だよ。お殿様みたいに洗練されてお金をお持ちの都人は、皆涼しいお顔でもっと高いやつを買っていかれるよ。

なに、櫛には興味がおありでない、と。ははぁ、櫛をお贈りになるようなおなごなどおらぬとの仰せですか。そんなまた、お殿様みたいな男前が何を仰いますやら。お殿様がちょいと誘えば、どんなお姫様でもたちまちなびいちまいましょう。そういうあたしもお殿様がお相手なら……。
ふふふ。冗談ですよ、冗談。わかりました。それならおなごにお文でもお書きになるときのお道具はどうだい? こちらの書櫃はいかが。可愛いおなごからのお文を収めておくにはちょうどいいですよ。松の絵柄なら季節を問わず使えるし。それにどうだい、この硯箱。こいつも蒔絵の細工が大したものじゃないか。なに? 角の塗が少々剥げている? おや、お殿様。気のないようなふりをして、しっかり品定めとは。お人の悪い……いえいえ、さすがでございます。この硯箱、実は新品じゃなくってね。

ええ、うちの店は中古品も取り扱っているんでね。時流柄、ご先祖様は栄えていらっしゃっても今は落ちぶれてしまった貴族なんて都に掃いて捨てるほどいる。そういうお方はどうやって生きていると思う? ちっこくても荘園からの上りがある人はいい方さ。中にはご先祖様が残した道具類を売っ払って米に変えるお方も珍しくない。
羽振りのいいお貴族様に買い取ってもらえるような立派な物をお持ちのお方はそれでもましだ。大して価値のない古いばかりのお道具に囲まれて暮らしてきた人は、あたしらみたいな庶民の商人に安値で売るしかない。両親に死なれ、通っていた婿にも見捨てられ、ぼろぼろの塀に囲まれた荒れた邸に住むお姫様の道具類を買い取りに行ったことがあるよ。可哀相にねぇ。世が世ならたくさんの女房達に囲まれて、きれいな装束を着て、なぁんの心配もなく楽しく暮らせたご身分だったかもしれないのに。両親の形見だと泣きながら、それでもご自分と邸の人間が食べるためにあたしみたいな卑しい女に大切な道具を売らなきゃいけないんだからね。
それに比べりゃ、あたしゃ幸せな方さ。市にいりゃ新鮮な食い物をすぐに買えるし、出来はともかく旦那はいるし、おまけにたまにはお殿様みたいな男っぷりのいいお方とこうしてお話ができる。ふふふ。貴族のお姫様だとこうはいかないんでしょう? 顔を隠してもったいぶってもしようがないのにねぇ。

あら、いやだ。あたしったら、お殿様があんまり良い男だからつい浮かれちまって。ふふふ。許してくださいましな。

おや、この硯箱。気になりますか。まぁ確かにこれはなかなかの品だからね。中古品を嫌うお金持ちもいるけど、貧乏な田舎者は気にしないんだよ。ちょいと直せば使えるとか言ってね。何より安い。それにこしたことはないさ。螺鈿も蒔絵も硯をしまっておくだけには、何の関係もないからねぇ。そのしまっておく硯も安物なら、その辺りの木箱にでも突っ込んでおきゃいいのさ。
あはは。確かにあたしみたいな商売をしている人間が言うことじゃないね。でも、あたしだってこんな立派なお道具を使えるような身分じゃないんだもの。第一、文字なんか書けやしないんだから硯箱なんて無用の長物さ。
まぁ、それでも貴族のお邸に仕えるような人間は、読み書きくらいの教養があるじゃないか? でも皆が皆、根っからの教養人ってわけじゃないんだよ。ふふふ。あたしが言うのもおかしいですがね。ちょっと小金を持ったら異様に威張り散らす輩もいる。
そういう田舎者──京に住んでいても気持ちが田舎者の奴は駄目さ。性根が悪い。そういう奴らは「誰それのお邸からの出物」だなんて謂れに滅法弱い。喜んで古道具に大金をはたいていくからお笑いだよ。
あたし? あたしは、ご先祖様が京の都ができたときからここに住んでるっていう根っからの都人だよ。官位なんかにご縁のない貧乏な商売人だけど、根っからの都人ってものは教養がなくてもわきまえているのさ。自分の身の程をよく知ってるから、自分が使う道具にこんなお綺麗な細工なんざ必要ないってことをわかっている。ふふふ。心配ご無用。人に売りつけるときは、ちゃあんとうまく口車に乗せてみせるよ。「どんなに貧乏人でも、ちょっと良い物を持ってごらん! 背筋がしゃんとして、まるでお貴族様みたいな気分になるよ!」ってね。

でも、これも確かに本当のことさ。その辺を歩いている市女を見てごらん。お殿様が普段可愛がっているおなごに比べると、月とすっぽんだろう。そんなおなごでもね、店先で良い細工の櫛をちょいと試しにつけてみると、ぱあっと顔が明るくなって、そりゃもうこっちがびっくりするくらい上等なおなごに見えてくるから不思議だよ。
だから余計に、綺麗で由緒のある道具を手放す貴族の気持ちを考えると、切ないねぇ。あの人達は綺麗な物に囲まれて、綺麗な物しか見ていない。綺麗な物がどれだけ人に影響を与えるのか、あたしなんかよりよく知っている。それなのに、それを売って食い物に変えるんだ。哀れな話だよ……。

お殿様、ずいぶんとその硯箱がお気に召したようだね。どうだい、そんなに気になるならお買い上げといこうじゃないか。
……なに、これはどの邸から出た物だって?
いえね、一応こういう物は、売っていただいたお方に障りますから、言わないことにしてるんですよ。ええ、もちろん。
だってそうじゃないか。誰それの物が市に並んでいたなんて噂が広がったら、売ったお方の名に傷がつく。どんなに暮らしが落ちぶれようと、お貴族様ってのは名誉を重んじるんだ。恥をかくなら餓死した方がましだって言う人ばっかり。あたしに言わせれば、死んじゃったらなんともならないと思うんだけどねぇ。名前で腹が膨れるわけでもなし。
そういうことで、お買い上げの人にだけ、こっそりお伝えすることにしてるんですよ。その人が「さるお方の物だぞ」って自慢たらしく触れ回るかどうかまでは、あたしの知ったことじゃない。その人がちゃんと道理がわかっている人ならそんなことはしないだろうし、もし誰かに言ったとしても言われた人も納得するだろう。物知らずの愚か者がお偉い方の道具だと触れ回ったとしたら、誰もそんなことは信用しやしない。世の中ってのは、うまくできたものさ。

ふふふ。お殿様は道理をわかっていらっしゃる。ええ、お安くしておきましょう。なに、ずいぶんとふっかけるって? 馬鹿言っちゃいけません。よくご覧なさい、この蒔絵。金粉の粒子が細かいだろう? 菊の花びらの模様もきちんとご覧よ。こんなに細かい細工、相当手が込んでいるよ。塗が剥げてるって言っても、ここの角のほんのちょびっとだ。気になるほどでもあるまいし、どうしても嫌なら直させればいい。直させたら職人がびっくりするよ。こいつは大した細工物じゃないかって。
こう見えてもね、こんな商売していると作物所の職人とも顔ができるんだよ。この硯箱は間違いない。知り合いの作物所の職人も、いやさすがに大した品物だと目を丸くしていた。その職人は、宮様のお仕事もしていたっていうくらいだから、当代一の腕前だといっていいと思うよ。どこの宮様かって? さあ、そこまでは知らないね。向こうも言わないし、こっちも聞かなかったよ。
しようがない。じゃあこの値でどうだい。よし、交渉成立だ。
お殿様みたいな良い男との商売だと、楽しいねぇ。本当なら、もうちょっとふっかけるところだよ。男も女も見た目が良いってのは何かと得だ。

さてと、お約束だ。こいつはね、石上の中納言様のお邸から出た物だ。そうだよ、ちょいと前にお亡くなりになった、あの中納言様さ。
急なことだったから、親しい人に形見分けをする暇もなかったらしいじゃないか。だから引き取り手がなくて浮いてしまった道具がいろいろあって、邸の従者が売ったんだよ。

え? 北の方ではなくて従者が、だって?
そうだよ、従者とうちの旦那が交渉したんだよ。お殿様の言う通り、うちの旦那も言っていたさ。こんな身の回りの道具類、普通奥方は手元に残しておきたいんじゃないかってねぇ。だから、中納言様と北の方は仲が悪かったんじゃないかって、うちの旦那と話をしていたんだよ。その辺りのことは、お殿様の方がご存知なんじゃないかい? 知らない? そうかい、残念だねぇ。

それじゃあ中納言様がどうしてお亡くなりになったのかっていうのは知っていらっしゃるかい?
ええ、そりゃお偉い方の噂話はあたしらにだって回ってくるさ。なんか、頓馬な事故だったと聞いたんだけど。
自分の身の程を知ってるなら、上達部のことなんか知る必要なかろうって? お殿様もずいぶん渋いお人だねぇ。金を出し惜しみするんなら、噂話の一つや二つで市女を喜ばせてやるくらい、いいじゃないか。あたしらもね、こうやって店先に座って気楽そうに見えるかもしれないけど、結構苦労しているんだよ。今日は天気も良いし、市も賑わっている方だ。お殿様みたいな客にも恵まれた。だけど、一日中ずうっと呼び声上げ続けても、誰一人として立ち止まらない日だってあるんだよ。
ここは場所が良いから往来は多かろうって? そうだね。立地としては恵まれているねぇ。大路に面しているから、何かしらあると人が寄ってくる。お大臣様の行列でもあった日には、それを見物に来る人でごった返して大変さ。客をさばくのも大変、手癖の悪い奴が商品を盗まないか目を光らせるのも大変。

そうそう、一時期は確かに毎日がそんな塩梅だった。
あれはいつ頃だったかねぇ。もう数年も前になるだろうか。そこの大路で見世物が出て、それが大人気。
最初はあたしらみたいな卑しい人間ばっかり集まっていたけど、そのうちにお殿様みたいなご立派な様子のお方もお忍びで来るようになってね。挙句には、貴族様達は身をやつさずに、お供を大勢連れて大きな牛車で来るんだからたまったもんじゃない。もう毎日が賀茂のお祭りのような大騒ぎだったよ。あたしらなんざ前駆に蹴散らされるし、お供同士が喧嘩をおっぱじめるし、大変だった。
そりゃあそれだけ人が集まれば客も増えるし、儲けさせてもらったさ。さっき話した公卿の奥方も、酔狂なお偉い方がお忍びでその見世物を見に来たとき、うちの店にぶらりと立ち寄って櫛をお買い上げになったのが最初のご縁だよ。そういう意味ではあの騒ぎには感謝しなくちゃならないけど、やっぱり祭りなんて年に数えるほどでいいんだよ。毎日あんなに人出があっちゃあ、こっちはたまったもんじゃない。

え? それはどんな見世物だったかって?

お殿様、驚かないでくださいよ。鬼ですよ、鬼。鬼を見せていたんです。
大きな籠に鬼を込めてね、それを人に見せて銭を取っていたんですよ。大きな伏籠みたいなのを爺さんが担いできてね、そこに鬼を入れて大声で口上を述べていた。
あたしも見たかって? あはは。それがお殿様、あたしはしっかり見てないんですよ。笑っちゃうでしょう? すぐそこでやっていたのにさ。こんな目と鼻の先なのに。
そりゃね、遠目では見ましたよ。ちらっと。ちょっといかれた爺さんが何か始めたなぁ、みたいな感じでね。でもこっちも商売があって、爺さんに負けずに呼び込みしなきゃいけない。で、そのうちぽつぽつ人が集まり始めて騒いでいる。どうやらこの世のものならぬものが見られるぞと評判が立ち始めた。そうなると、遠目に見えていた鬼もあっという間に人垣に隠れてちらりとも見えなくなっちまった。うちの旦那に店を任せて人垣に入り込もうとしたんだけど、旦那ったら「鬼なんか見たら目が潰れる」って言って許してくれないんですよ。あんなに大勢の人が無事で見ているのに何をおかしなことをって言い返しても、聞きゃしない。そうこうしているうちに店が忙しくなって、そのうち見世物も終わっちまったって有様さ。
鬼の様子? お殿様、あの見世物はご覧になっていないのかい? へえぇ、京中の人が見ているもんだと思っていたけどねぇ。

そうだねぇ。鬼なんていったら山みたいに大きな図体をしているのかと思っていたけど、案外小さかったよ。普通の人間と大して変わらないんじゃないかねぇ。
でもね、遠くから見ても普通の人間じゃないってのはすぐわかったよ。なんか、ぎらぎらしているんだ。角とか牙とかがぴかぴかしているんじゃないのかい。その光が、ちらっと見ただけでも目に入ってきたんだよ。
そうそう。そういえば、亡くなった中納言様も見世物にお越しになっていた口だね。なぜ知っているのかって? 道行く人が話していたのさ。あれはどっかの貴族に仕える従僕だね。あたしらと違って、ちょいと良いなりをしていたから間違いない。そいつらが「あれは石上の中納言様のお車だ」なんて噂話をしていたんだよ。
そうやって考えると、うちの旦那の話もあながち法螺とも言いがたいね。中納言様の目が潰れたかどうかは知らないけど、死んじまったのは確かだからね。