かぐやひめのものがたり 九 作物所の工匠は

へえ、綾部とは私ですが、いったいあなた様は……?
なに、私の身分は明かせぬが話が訊きたいと。はぁ、困ったもんですなぁ……。
どうやら、お殿様はお偉い方でしょう? 話なら別当にでもしてくだされ。私ゃしがない職人ですから、ご身分の高い方への対応なんかに慣れていねぇんです。なんか失礼があったら、後でお咎めを食らっちまう。どうぞご勘弁くだされ。

貴人と過ごしたことがあるから対応には慣れているだろう、だって? へへへ、お殿様、ひょっとして車持皇子様のお話かい。
あの話ぁ、仲間内では笑い話として大受けだが、お貴族様の耳に入れるのは遠慮させていただきたいですな。回りまわって車持皇子様がお聞きになったら、またとんでもないお叱りを受けちまう。ああ、駄目だ駄目だ、悪いですが、やっぱりお殿様とお話しさせていただくのはご免こうむりたい。

車持皇子様のお耳に入る心配は無用? なんですかね、お殿様、あなたはそんなに口が堅いとでも?
それにいかに車持皇子様がご立腹になったとて、そなたほど優秀な工匠を作物所は手放しはしないだろうって? ふふふ、お殿様、嬉しいこと仰るじゃないですか。確かに私の腕は当代一と自負しとります。だからこそ、あんな事に巻き込まれちまったわけで。

おおっと、あんまりここらで長話は勘弁していただきたい。なんだかんだとあの事件で、私は別当に大目玉を食らった。またお貴族様と何やらしでかすのかと下手に勘繰られても困るんですよ。
なに、大内裏の外に私の牛車を停めているから、その中でなら誰にも見咎められずに話ができよう、と? お殿様、正気ですかね! こんな職人ごときをお車にお乗せになるんで? お忍び用の車だから問題ない? お殿様、私らは貴族が使うような牛車なんぞに一生乗れないような身分ですよ? どんなにぼろの車だって極楽浄土の蓮の葉同然です。いやはや、こんな汚いなりで乗っちまっていいもんですかぃなぁ……。

ははぁ……。
これはこれはたいそう立派なお車ですなぁ。こんな網代車がお忍び用ですか。お殿様はさぞや高い身分のお方……。いや、私ときたら、今さら身体が震えてきちまいました。失礼つかまつりまする。
なんとまぁ……。
これがお忍び用のお車とは、贅沢もいいところだ。私の住まいよりよっぽど豪華な作りをしている。いやいや、比べても仕方がない。極楽と地獄を比較するようなもんだ。なんとまぁ美しい錦で飾られた屋根に壁。それにどうです、この物見窓の取っ手ときたら、たいそうな細工じゃございませんか。

いや、失礼。職業柄こうした物には滅法弱くて、良い物を見ると興奮しちまう性質でして。正直なところ、下手な女より良い出来の細工物の方がよっぽど昂りますな。へへへ。
しかし、お殿様。言わせていただければ榻の細工、あれはいけねぇ。あれは半人前の職人にやらせた物でしょう? 普通の人にはわからんでしょうが、私ら作物所の工匠には一発でわかっちまいます。
ふふふ、職人なんぞ下賤の者と侮っちゃいけません。私らが作っているのは宮中で使う調度品、畏れ多くも主上だってお手にする物を作っているんですよ。どんなお貴族様より私らの方がよっぽど目が肥えている。庶民だからって馬鹿にするもんじゃございませんよ。お貴族様が使っている物でも笑っちまうくらい粗末な品があれば、市で卑しい市女が商っている中に逸品があったりもする。
物見窓の内っ側にある取っ手なんざ外から見える物じゃございませんが、榻は周りから丸見えだ。悪いことは言いません。いくらお忍び用といっても、一発で上流貴族の物とわかっちまうお車にお乗りなら、それなりに良い物で揃えなされ。なに、それが面倒ってんなら、下の下の貴族が乗るような牛車に仕立てた方がまだましってもんで。着飾るにしろ身をやつすにしろ、中途半端は良くない。やるなら徹底的にやらねぇと、こんな下賤の者にまで笑われちまいます。

ああ、興奮して喋りすぎました。ご無礼を。
これもお殿様がご立派な方だと思ったからこそ、それに私のような卑しい者の言葉をお聞きになる器をお持ちと思ったからこその戯言と、笑い飛ばしていただければ幸いです。

いや、そなたの言うことももっともだ、さすがは当代一の工匠、道を極めた者の言葉には重みがあるって?
ははは、お殿様、それは褒め過ぎってもんですよ。大体、道を極めただなんてとんでもない。私ゃまだまだ修行中。のちのちの世に残るほどの名品を作り上げるようになるには、一生修行を積まにゃなりません。幸い作物所の職人になれたので、金の心配をせずに一流の物を作ろうと思う存分目指すことができるのはありがたいことで。
なに、のちの世に残る名品なら作ったではないか、ですと?
ははぁ、車持皇子様の件ですか……。蓬莱の玉の枝。

はい、あれは確かに良い出来栄えでございましたね。何しろ苦労して作りましたから。その仔細を話してほしいとの仰せですか。ふふふ、大方そんなところじゃないかと思いましたがね。しかし、私のような身分の者に直接お訊ねになった貴族はお殿様だけだ。ほかのお貴族様は面白おかしく勝手な噂話をしているのでしょう。ようございます。結構なお車に乗せていただいたお礼だ。お話しいたしましょう。

ありゃあいつのことでしたかなぁ。蔵人頭からうちの別当に指示があったそうで。
なんでも、作物所の工匠のうち、腕の確かな者を六人ばかり車持皇子様がお使いになりたいということでした。はぁ、蔵人頭は宮様とお仲がよろしいのですか。なるほど、それでそんなことになったんですな。
いや、もちろん、私らの仕事は主上のお手回り品だけでなく、親王や内親王方の物もお作りしますよ。しかし車持皇子様は主上の弟宮で、既に宮中からお住まいを移されている方でしょう? そんな方のためにと言っちゃなんですが、腕利き数人を貸し出すなど妙な話だなぁと思っていたんでさ。
いえね、今は先代や先々代の御代と違って後宮にお人が全然いらっしゃらない。当時は、まだ飛香舎に中宮様が入内されたばっかりでしたな。主上と中宮と東宮、ああ、あとは皇太后様ですかな。その頃の宮中にお住まいの主な貴人といえばそれだけでした。ですから、正直作物所は手が空いていたんですよ。
主上の即位式も済んじまって、東宮様の元服も終わっちまった。中宮様の入内のお支度はお父上の関白様がしますしね。私らのやることといったら、古いお道具の修理がもっぱらでした。
先代までは、そりゃあ目の回るような忙しさだった。何しろ后妃や女房の数が今とは桁違いだ。しかも、皆争って良い物を作らせようと躍起になっている。無茶な注文もたくさんありましたねぇ。ははは。箸に菊の柄で蒔絵を施してほしいとかね。そんな細かい細工、目が痛くてかないませんよ。しかも、それは重陽の節句一日限り使うためだけに誂えるというじゃないですか。食わせてもらっといてなんですが、後宮とは狂った場所だなと思ったもんですよ。まぁ、若いときに無茶苦茶働けたのは、今となっては良い修行だったと思えますが。

ああ、宮様の話でしたな。
何人もの職人を集めるのだから、私ゃてっきりお邸でも豪華に誂えなさるのかとか思ったんですよ。ところが京から程近いご領地に連れて行かされた。しかもそこには鍛冶に必要な設備や工具が一式揃った小屋が用意されている。小屋は高い塀で囲われていて、警備がついて簡単に出入りできないようになってるんです。いったい何事かと、私らは生きて帰れるのかと、肝を冷やしたものです。
すると宮様のお付きが私らに指示をしたのです。
「うぬらには、ここで蓬莱の玉の枝を作ってもらう。銀を根とし、金を茎とし、真珠を実としている枝だ。宮様はご所有の荘園からの収入、どれだけでも費やされる覚悟がおありになるゆえ、最高の枝を作るために必要な物は惜しみなくご用意くださる。材料はもちろん、うぬらが必要とする下働きも何人でも用意いたそう。また、枝が完成した暁には、高額の禄をご下賜くださるそうだ。心して働くがよい。ただし、宮様の願掛けのためにうぬらには精進潔斎して製作に当たってもらう。また、製作期間中はこの小屋から出ることはまかりならぬ。良いな」
そんな話はひとっことも聞いていないものですから、私らは全員驚きましたよ。
「出るなと言いましても、お役所や家の者には何も言うとりませんが」と訴えれば、お付きの方はあっさりと「宮様から既にご連絡済みだ」などと言う。
「蓬莱の玉の枝なんぞ見たこともありません。そんな物はいくら金をかけてもできませんよ」と泣き言を言うと、「当代一のうぬらの腕で作れぬなどとは許さぬ」とにべもない。
私らが何を言っても、とにかく隠れ家にこもって蓬莱の玉の枝なんて物を作れの一点張りです。こりゃもう命があるまま家に戻るには、命令に従うよりほかにないと諦めるしかありませんでした。

そりゃあね、しんどいお勤めでしたよ。箸の蒔絵なんか可愛いものでしたな。見たこともない玉の枝を作れってぇんだから、いったい何をどうしたら本物っぽく、しかも極上の物ができるのか。設計をするときも難儀しましたし、実際に作っている間も試行錯誤の連続でした。
それに宮様の願掛けとやらに付き合わされて、五穀断ちでの仕事です。お貴族様みたいに笏や扇を持ってりゃいいわけじゃありませんよ。何日も竈に付きっきりになったり、一日中槌を振るったりする力仕事です。白いおまんまをたらふく食わせてくれたんなら、もうちょっと仕事がはかどったかもしれませんね。
小屋に籠りっきりの仕事っていうのもつらいもんでしたな。四六時中、何百日も同じ面見て過ごさなきゃいけねぇ。これが可愛い女なら楽しいけど、むさくるしい男ばっかりですよ。ははは、人のことは言えませんがね。
いえ、敷地から一歩も出ることは許されませんでした。あれは完全に隠れ家でしたな。逃げ出そうとしても、厳重に見張りがついているんです。文ひとつ出せやしませんでした。完全に外と隔離された状態で、見たこともない枝を、しかも最高の物を作れってんです。
修行僧と変わりませんな。五穀断ちに女断ちまでしてるんですから。ええ、まぁ、職人としては、金に糸目をつけず世にも奇妙な物を何の邪魔もなしに作れたのは、考えようによっては良い経験ではありました。普段役所で仕事してても、なんかしら邪念が入りますからね。菊の蒔絵に必死に取り組んでいても、家に帰って家内と口喧嘩している間は蒔絵のことなんか頭からすっぽり抜け落ちちまう。それが俗世と隔離されたあの隠れ家では、とにかく始終蓬莱の玉の枝のことを考え続けなきゃいけない。それしかやることがないのですから。
すると不思議なもので、妙に集中力が湧いてくるものです。五穀断ちしているから普段より体力はないはずなんですが、何やら別の力が湧いてくる。言い過ぎかもしれませんが、神がかったような気分にすらなりました。下僕どもは不平たらたら仕事してましたが、作物所の職人達は自分が当代一という矜持がありますからね。普段とは違う興奮状態で、ああでもないこうでもないと、いつになく激しい議論をしながらの仕事でした。

宮様ですか?
ええ、何度もお顔を拝しました。驚いたことに、頻繁に鍛冶場を訪れて、製作途中の枝を見て何かとご指示なさるんです。私らがいた小屋と同じ敷地にいらっしゃったということでした。
最初はそんな話、信じちゃいませんでしたよ。だって御殿と違って田舎の小汚い仮小屋ですよ? 宮様ともあろう方がそんな場所に暮らすとは思えませんでしたからね。でも、あれだけこまめに、ええ、そりゃ毎日といっていいほど顔を見せてましたから、宮様も人目を避けてお籠りになっていたんでしょう。職人と同じように五穀断ちをされていたようで、みるみるおやつれになっとりました。そのときはなんでそんなことするのかと思っとりましたが、後で理由がわかってから合点がいきました。
お殿様もたいそうな美丈夫でいらっしゃるが、宮様もかなりの美男子でしたね。いやぁ、同じ人間とは思えないようなご様子で。さすが帝の血を引くお方は人とは違うものだなぁと毎日感心しとりました。
お顔はしゅっとした細面で、目鼻立ちもたいそう上品でいらっしゃる。汚い作業場に出入りするのに、いっつも小奇麗なお召し物でね。顔を合わせるのが愛しいおなごならまだわかりますが、私らみたいな職人相手でも美しい着物を着てらっしゃった。
それに仕草や喋り方の優雅なこと。天女の羽衣のようにひらりひらりとした動作で、細いくせによく通る声できちんとお話しになる。
そりゃね、宮様のお付きの方も貴族でしょう? 私らとは別世界の人間のように思うとりましたが、宮様は別格でしたな。がさつな私らが働く鍛冶場に宮様がいらっしゃると、まさに掃き溜めに鶴といった風情で。竈に火をくべて私らが半裸で汗だくになっても、きっちり狩衣の襟を締められて、蝙蝠扇をゆっくり煽ぎながら汗ひとつかいてない宮様の姿は、きっと一生忘れられませんな。
そんな優美な宮様ですからたいそうお優しいのかと思いきや、外見と裏腹にずいぶんと厳しい方で。試作品や製作途中の物を見て、きれいなお顔をちょっと歪ませるんですよ。
「そなたら、まことにこれが美しいと思うのか? ほれ、ここの枝ぶり。全体の調和を損なっていると思わぬのか」
なんてお小言をしょっちゅう頂く有様で。その度、嫌な汗が滂沱と流れ落ちました。
宮様のご指摘が馬鹿馬鹿しい内容なら言い返しもできましょうが、さすがに位の低い御息所の腹から生まれた方とはいえ、宮中育ちの方ですな。代々の作物所の腕利きが作った調度類を生まれたときから見てきたお方。
私もね、実際の作業となればもちろん自信がありますよ。しかしものの味わい方とか、感じ方とか、意匠の良し悪しとか、それはもう天性と育ちによるものだと思い知らされました。蓬莱の玉の枝なんて私にゃどんな物か考えもつかなくて途方に暮れましたが、きっと宮様の頭ん中には「これだ」という物が描かれていたんでしょうなぁ。私に言わせりゃ、宮様こそ蓬莱山の住人みたいなもんですよ。

玉の枝を作った理由ですか? はい、最初は見当もつきませんで。どこぞの寺社にでも寄進なさるのか、さもなきゃ金持ちの酔狂な趣味かと思うとりました。
しかし何百日もひとつところにいると、宮様とお付きの方の会話からなんとなくわかってくるものでして。どうやらこの枝は宮様のご内室となられる輝夜姫とやらに結婚の記念として贈る物らしいぞと、仕上げの頃には職人皆が知っとりました。
はい、輝夜姫の件も知ってましたよ。私も東の市の見世物に出かけたくちで。あの見世物の女と違って、輝夜姫は若いというじゃないですか。そりゃさぞやきれいなお方でしょうから、珍しい物を贈りたくなる宮様の男心もわからんでもないです。だがあんな異形の姿じゃあ、私ゃ恐ろしくて萎えそうです。へへへ。

玉の枝が完成するやいなや、宮様はそれを長櫃に入れさせなすって早速持ち出してしまわれました。さて、長いお勤めが終わって禄をいただき、家に帰れるぞと皆安堵したもんです。
ところが待っても何のお沙汰もない。どういうことだと思って隠れ家中を探し回ると、宮様どころかお付きも警備の者もいないじゃないですか。私らを置いてさっさと宮様達は京に帰られたに違いない、このままでは禄を取りっぱぐれると、そりゃあ慌てたもんです。
私ら作物所の職人も慌てましたが、宮様の荘園から呼び出された下僕達はかなり腹を立てていましたよ。そりゃ田畑と家を放り出して奉公に来たのに、一銭ももらえずに国には帰れませんでしょう。しまいにゃ私らに給料を払えと迫る始末でしたので、なんとか宮様にお約束を守っていただかねばと考えました。
とはいえ、宮様のお邸に行っても、私らみたいな身分低い人間なんぞ追い返されるのがおち。そこで、誰かが言い出したんです。「もともとあの枝は輝夜姫に賜るための物じゃないか。それならご内室に申し上げてご褒美を頂けばいい。なに、輝夜姫の家は宮様のお邸より敷居が低かろう」と。それは名案と皆が賛成いたしまして、急ぎ文を書き──ああ、もちろん下手くそな字ですがね──大慌てで帰京したのです。

輝夜姫の邸に着いたのは、もう日も暮れようとする頃でしたかねぇ。いつもは油をけちっているのか薄暗い邸ですが、その日は宮様がお出でになってたせいか、松明が明々と灯されていました。私らは人数にものを言わせて門番を振り切り、少々乱暴でしたが邸の庭に押し入ったんですよ。
母屋では、ちょうど宮様と爺さんが庭を眺めながら酒を飲んでるところでしてね。私らが苦労して作った玉の枝も恭しく飾られておりました。夕日と灯台の火できらきら輝いて、我ながら良い出来栄えじゃないかと内心ほくそ笑んだ覚えがあります。
ま、私ゃ自分の仕事に満足しとりましたが、邸の人間はそれどころじゃないですな。爺さんも召使達も、私らが乱入したので慌てておりましたよ。宮様ですか? ははは、そりゃもう、仰天しとりました。いっつも澄ました宮様のびっくり顔がおかしくて、私は張り切って申し上げたんです。
「作物所の綾部が申し上げます。五穀断ちをして千日余り、宮様と同じ隠れ家にて蓬莱の玉の枝を作り申し上げました。身を擦り減らす思いをすること度々ございましてようやく仕上げました。しかし、まだお約束のお手当を頂戴しておりませぬ。聞けば宮様のご内室となられるこちらの輝夜姫ご所望の枝との由、こうなれば姫様より禄を頂き、下僕どもに給金を与えとうございます」
ははは。お役所勤めが長いですからね。上の人達の話し方を聞いてりゃ、これくらいの口上なんぞ朝飯前で。かといって、ずっとこんな話し方を続けるのは、尻の穴がむずむずしてきてできっこないですが。
まぁそんなもっともらしいことを言いながら、文挟で文を捧げたわけですよ。だけど宮様も爺さんも茫然として受け取る気配もない。こいつは困ったと思っていたら、御簾の奥から涼やかな声が聞こえてくるじゃないですか。

「その男が差し出す文をこちらへ」

ええ、おなごの声でした。そりゃあもう、びっくりするほど可愛らしい声で。そのくせ周りが皆ざわざわしているのに、肝の座った感じでよく響いておりました。これが噂の輝夜姫かと、一同一瞬で悟りました。
姫のご指示に従って、従者が文挟から文を取り上げて、それを女房に渡しました。その女房が御簾の裾をちょっと上げて文を奥に押し込んでました。貴人てぇのは面倒ですな。たかが職人の手紙ひとつ渡すのに、どれだけ人手がかかっているんだか。
御簾の奥のことですから、それからどうなったのかはこっちからは見えません。私は庭でじっと待っているしかねぇです。宮様と爺さんですか? まだ仰天した顔をして口を開けてましたよ。宮様なんか、ただでさえ白い顔をしてなさるのに、真っ青になってましたね。

しばらくすると、御簾の奥からころころと笑い声が聞こえてきました。
「翁や。真実、それが蓬莱の玉の枝とばかり思うておりましたが、思いもかけず嘘でございましたわ。早う車持皇子様にお返しくださいませ」
それを聞いて爺さんは、急に正気を取り戻したようにはっとして、「贋物ならお返しするのは簡単ですわい」などともごもご言いながら、飾ってあった玉の枝を長櫃に納めさせてしまいました。輝夜姫はまだおかしそうに笑っていて、
「宮様のもっともらしいお話を伺っておりますと本物かと思いましたのに、言葉で飾ったごまかしでしたのね」
などと宮様に言っとりました。それで私達は、蓬莱山で取った枝っぽく見せて姫に差し上げるために作らせた物だとようやくわかった次第です。なるほど、職人を隔離してばれないようにして、宮様は宮様で蓬莱山へ出かけたふりをするために身を隠し、旅のせいとばかりに痩せるようにしていたはずだ。
宮様が容赦ない方と私達は何百日かの間でよう知っとりましたから、そんな方にもずけずけと物を言う輝夜姫にびっくりいたしましたね。なんかお咎めがありゃしないかって心配しました。でも、さすがの宮様も嘘がばれてバツが悪いのか何も仰らず、こっそり席を外されてました。
なんだかえらい騒ぎになってしまったので私らもおろおろしていると、また御簾の内から輝夜姫の声がするのです。今度は「お前達」と私らをお呼びになるんで。
「なんとまぁ嬉しいことをしてくれた人達だこと。お前達の嘆願通り、褒美は私から取らせましょう」
お褒めの言葉をいただいたうえ、宮様がお約束くだすっていたよりたんと禄をくだすったんです。私らは、やっぱりこっちに来てよかったなぁと大喜びですよ。噂の輝夜姫の姿こそ見れませんが、声は聞けましたしね。

ここで終わりゃめでたしめでたし、てところでしょうが、そこはそう簡単にはいきませんで。

輝夜姫からご褒美を頂いて、さあ帰るぞとそこのお邸から出ると、なんと宮様が私らをお待ちになっていたんですよ。それも鬼の形相で。
玉の枝を作らせなさっていた間も宮様は厳しく私らにあれこれ指示なさっとりましたが、それでも雅で美しいご様子は崩しゃしませんでした。それが怒りで身体をわなわなさせて、恐ろしい顔をしてらっしゃる。
「お前らのせいで台無しになったではないか!」
などと叫びながら、鞭で私らを打擲なさるんですからたまったもんじゃないですよ。
まぁ、普段ひっそりと喋ることしかしないお方でしょうから、いくら怒鳴ったところで細っこい声しか出なくて迫力に欠けるんですよ。工人長に怒鳴りつけられる方がよっぽど縮みあがります。でも、ほんっとに手加減を知らんお人だから、人を牛馬のように叩きまくる。役所での仕置きなんて比べ物にならんですよ。職人の命である目だの腕だのも血が流れるまで打とうとする。これは相手にしていたらかなわんと思って──何しろ殴り返したら、こっちの命が取られちまうような方ですからな──急いでその場から走り逃げました。
ははは、足に関しては普段車や馬ばっかり使うようなお人相手ですから、まくのは簡単な話です。ただ、あんまり必死に逃げたもんですから、せっかく輝夜姫から頂いたご褒美を置いてきちまったんですよねぇ……。結局苦労した割にはただ働きですよ。まったく、自分のことながら笑っちまう。

とはいえ、例の入内がありましたから、最近は作物所も一時期よりは忙しくなったんですよ。
やっぱり世の中は女でもっているんですねぇ。いっときあれだけひっそりしていた後宮が、一人の女人が入っただけでぱっと華やかになっちまう。それで私らみたいな職人までもが忙しくなるんだから、女ってのは大したもんだ。良い潮だ、本職に精を出して稼ぐことにしますよ。

まぁ、宮様なんてぇ偉い方と一緒に暮らすなんてことは二度とないでしょうし、せいぜい子や孫に聞かせて楽しませるネタにでもします。
それに、贋物とはいえ、作り上げた蓬莱の玉の枝の美しさは本物だ。輝夜姫だって私らがばらすまで本物だと信じたくらいだ。あれだけの仕事ができたってのも、良い経験だと思えなくもない。もっとも、蓬莱の玉の枝を作れだなんて頓狂な仕事、この先一生ないでしょうけどね。

え? 蓬莱の玉の枝がその後どうなったかって?
さぁて。宮様に返されたところまでは見ましたが、その先は知りませんねぇ。輝夜姫に贈るっていう本来の役割を果たさないんなら、禄の代わりにあれをくださりゃいいのに。

売って金子にでもするのかって?
馬鹿言っちゃいけませんよ。お殿様もあの枝を見たら、売る気になんぞなれませんよ。そりゃあ見事な作りです。宮様のご趣味と作物所の職人技の結晶だ。あれはのちのちの世に残る名品だと、胸を張って言えまさぁ。
ただし、この私の腕によるものじゃあない。宮様がいらっしゃってこそ仕上がった名品だ。
己だけの手で歴史に残る名品を作るには、やっぱり一生修行が必要ですよ。