かぐやひめのものがたり 八 石作皇子の女房は

はて、本日宮様はどなたともお約束がのうございますが、どちら様でございますか。
おやまぁ、なんと。これは失礼を申し上げました。世から離れた暮らしゆえの不調法、どうぞお許しくださいませ。

さ、早く茵を用意なさい。それにお飲み物を。

ご覧のとおりこちらのお邸では人手が足りず、行き届かぬことも多うございます。ご不快に思し召されても何卒ご容赦願います。
それに、大変申し訳ございませぬ。石作皇子様はお出かけあそばされておりまして、こちらのお邸にはいらっしゃいません。せっかくお越しいただいたのに、とんだ無駄足とさせてしまいまして。ああ、困ったことですこと。宮様の奥方や御子がいらっしゃいましたら気の利いたお相手をできましょうが……。

なんと、時間潰しに私とお話しになりたいと? ほほほ、ご冗談を。歳若く美しい女房ならいざ知らず、こんな古びた女では何の退屈しのぎになりましょう。
若く美しい女人は才気走って相手をするのが疲れるから面倒ですって? まぁ、そんなことを仰るのは、もっとお歳を召してからで充分でございますよ。
もっとも、あなた様のご容貌とお立場では宮中の女房どもが放っておかないでしょうから、うるさく思われるのも無理はございませぬ。宮中の女人方は皆我こそはと思うておりますから、さぞや喧しいことでございましょう。

今上の後宮は静かなものだ、と。
なるほど、確かに先帝、先々帝の御代と比べ申し上げますと、お妃方がぐっと減ったとのこと。
私の娘が内侍として今上にお仕えしておりますが、話を聞いておりますと先代に比べて楽なお務めをさせていただいているようでございますね。あまりにうるさい後宮も煩わしゅうございましたが、華の欠けるのも淋しいことかもしれませぬ。

はい、私は華やかであった頃の後宮に一時期お仕え申し上げておりました。こちらの宮様は、ご存知の通り先帝の弟宮でいらっしゃいます。宮様のお母上に私の母が仕えておりました関係で、私ども姉妹も自然と宮仕えをするようになりました。
当時のことでございますか? ほほほ、老女の昔話など面白くもございませんでしょうに。お耳汚しになりますがお許しくださいませ。

今上帝の後宮がいかな様子かは存じ上げませぬが、昔はそれはそれは壮麗でございました。
あなた様もご存知の通り後宮の広大な敷地には、承香殿・常寧殿・貞観殿・麗景殿・宣耀殿・弘徽殿・登花殿・昭陽舎・淑景舎・飛香舎・凝花舎・襲芳舎と、多くの御殿がございますが、そこにびっしりと高貴な姫君方が住まわれていらっしゃったのです。
中宮様はさすがに御殿ひとつを賜っておられましたが、女御様・更衣様などは御殿の数が足りませぬので軒を分け合ってお住みになる有様で。清涼殿から離れております宣耀殿や淑景舎など、いったい幾人のお妃様がお住まいだったのやら。そしてそれぞれに女房達が付きますから、おびただしい人数の女人がひしめいておりました。何しろ中宮様だけでも四十名もの女房がついていたというのですから。それに引き換えこの宮家ときたら、数名で切り盛りしている有様です。

ええ、もちろん帝のご寵愛を賜ったのは后妃の方々だけではございませぬ。尚侍はじめ内侍所の方々、后妃や清涼殿にお仕えする女房の中でも見目良い者。私ですか? ほほほ、あいにくそのような僥倖には恵まれませんでしたわね。
仰る通り、先帝も先々帝も一番大切になさっていたのは中宮様でしょう。それは愛情ゆえというより、中宮様のお父上を慮ってのことでございます。摂関家の主にそっぽを向かれてはご公務に障りがございますし、何よりその地位すら危うくなりますゆえ。帝が我が国で一番貴いご身分のはずが、いったいいつからこんな世の中になってしまったのやら……。
それはさておき、確かに中宮様は決して粗略に扱われることはございませんでしたが、そこはそれ帝も一人の殿方でいらっしゃいますから。女人のお好みというものもございますし、浮気心というものも当然おありでしょう。
多くの臣下が姫君を入内させ申し上げたのをいいことに、今日はこちら明日はそちらとお妃方の間を渡り歩いておられました。その合間にお目に留まった女房にお手をつけられるのですから、ほほほ、まぁお忙しいことといったらございませんわね。
そうなると必定お妃方は帝のご寵愛を巡って妍を競われました。どの方でも帝の御子をお生みになるようにと、ご実家からきつく言いつけられていらっしゃるでしょうからね。化粧や髪の手入れ、襲の色目、衣装の縫い取り、調度類、あれほど目まぐるしく流行り廃りがあった、実に派手やかな時期は他の時代にはないかと存じます。
帝が新しくお手をつけられた女人が派手な化粧の方と聞くと後宮中が厚化粧になりましたし、今様の色目が美しいなどと帝が仰ると御殿のそこら中で紅梅が満開になったような有様でございました。そうなると、すっと松の襲なんぞをお召しになった方がかえって目を引くものでございますがね。
それでも皆少しでも目立とうとして鬱陶しいほどに髪を伸ばし、襲を工夫したいがために重袿を十重二十重に着込んで暑苦しゅうございました。またそれをこれ見よがしに御簾から裾を出すものですから、廊を歩くのが難儀なことといったらございませぬ。とはいえ決して目立とうとするばかりでそんなことをしているわけではなくて、御殿の中は大勢の女人で足の踏み場もないものですから致し方ないことでしたが。

まぁそんな具合で大勢の女人方は苦労なさっていたわけですが、帝はたったお一人でいらっしゃいます。ほとんどの后妃様は空閨を持て余し、時間潰しに困っておられました。
私のような女房なんぞでは、仮に帝のお手がついたとしても単なる一夜のお戯れ。長きに渡ってのご寵愛を賜ることがなければ他の殿方との恋の駆け引きを楽しむということも許されますが、身分高い女御様や更衣様にはそんな火遊びなど叶いませぬ。
せいぜい、やれ梅が咲いた藤が咲いただのにかこつけて、若く美しい貴族を集めて宴を催すしか無聊を慰める術がございません。そんなわけで毎日毎夜後宮のどこかしらで催し物が開かれている具合ですから、人気のある公達はたいそうお忙しいご様子でした。あなた様も当時にお生まれでしたらさぞてんてこ舞いでございましたでしょう。

それだけ大勢の女人方が帝にお仕え申し上げていた割には、先帝はあまりお世継には恵まれあそばされなかったご様子。中宮様が──今は皇太后様ですわね──生みまいらせた今上帝と東宮。それに何とかの御息所とかおっしゃった方がお生みの……そうそう、車持皇子とお呼ばれになっている御方。ごめんあそばせ、とにかくお妃様が多うございましたので記憶が曖昧で……。

ええ、こちらの石作皇子様は、先帝が皇位に就かれる前に元服されて御所をお出になり、お母上のご実家がございましたこの邸へお移りあそばしました。遅くにお生まれになった皇子ですので、先々帝は宮様をたいそう可愛がっておられました。
とはいえ先々帝が宮様にお出来になれることなど限られております。ご実家のご権勢も決して盛んというわけではなく、それにお母上もお祖父様も早くにお亡くなりあそばしました。それでも添臥を務められた姫君のお父上がお助けくださればまだよかったのでしょうけれど、運がお悪いと申しましょうか、お舅様もお亡くなりになってしまわれて……。奥様とも流行病のあった年に御子に恵まれないまま死に別れてしまわれて、ほんにご家族のご縁が薄いお方でございます……。

そういった次第でございますので、宮様のお暮しは楽なものではございませぬ。邸のあちこちに修理が必要な箇所がありますが放っておかれておりますし、手が足りぬものですからご覧のとおり庭も荒れたものですわ。
僅かな禄では大勢の者を養えませんので、北の方がお亡くなりあそばしたのを機に使用人にもずいぶん暇を取らせました。私の姉も一緒に宮様にお仕えしていたのですが、今は右大臣家でお務め申し上げております。あちらはたいそう裕福でいらっしゃるようで、姉はかつての後宮勤めを思い出すようだと度々申しております。

幸い、宮様は贅沢などとは無縁の方。嵐のように華やかさがこぼれていた後宮で、しかも親王としてお生まれになりながら、よくまぁここまでつましいものよと思うほどでございます。お召し物に凝られることもなく、調度品もお母上や北の方が使われていた古い物を大事にされていらっしゃいます。お仕えする者が少のうございますので時折ご不便をおかけしますが、あまり頓着なさるご様子はなく、「ああ、よいよい」などと気楽に仰るのです。
お暮らしぶりもさることながら、交友関係も地味なものでございます。邸で宴を催すなんてことはなさらないし、いずれかからご招待を受けることも稀。ですから、本日あなた様がお越しになったときの私どもの驚きといったら、どうぞお察しくださいましな。そんな具合でございますから、世間ではこちらの宮様はもう出家なさったなどという噂まで出る始末でございまして。
出家とまではいきませぬが、まぁ隠遁されていると似たようなご生活でいらっしゃいますのは確かでございますね。何しろお傍近くにお仕え申し上げていても、いったい宮様が日々何を楽しみに過ごしていらっしゃるか私にもわかりかねます。私どもがご用意するままにお着替えされ、お食事をされ、あとは少々ご本を読まれたり、荒れた庭など眺められたり、猫を相手に過ごされたり……。ご幼少のみぎり華やかさ極まる後宮で過ごされたご経験というのが、かえって宮様をそういう静かなお方にしてしまったのかもしれませんね。

お通いあそばす女人でございますか? 色めいたこともあまりご縁がない方ですが、そうですね、一度だけお人が変わったかのように夢中になった方がいらっしゃいました。
何と仰ったか……、そうそう、輝夜姫と宮様はお呼びになっておりました。

それまで僧都のようなお暮しぶりでしたのに、ある頃から急に毎日のようにお出ましになられて。しかも、うきうきとしたご様子で文などもお書きあそばすものですから、ははぁこれは想う方がお出来になったに違いないと、すぐにわかりました。
宮中で注目を集めるようなお方ではございませぬが、畏れ多くも先帝の弟宮。お相手がどのような姫君でも決して粗略には扱われますまい。そうなると新しい北の方として輝夜姫とやらをこの邸にお迎えになるかもしれない、地味で単調なこの邸も少しは明るく華やかになるかもしれないと、女房どもが期待を込めて噂をしておりました。
ところが、宮様の様子は少々おかしゅうございました。朝まで輝夜姫の許で過ごされる様子なんぞございませんし、姫から文が届くこともありませぬ。おかしいと思いまして従者に訊きますと、宮様の想いは通じておらず、輝夜姫の住まう邸に入ることすらできない状態だというではないですか。確かに宮様に華やかさはないかもしれませぬが、実直で誠実なお方。お血筋も申し分ございません。そんなお方がかような目に遭われるとは、おいたわしいこと限りのうございました。

陰ながら宮様の念願が叶うようにと祈っておりましたところ、ある日宮様が急に「しばらく大和の山荘に籠るから用意せよ」と仰せになりました。
はい、山荘はお舅様が残された財産のひとつで、長谷詣でなどの際にお立ち寄りになられたものです。しかし長い期間お籠りになるようなことはそれまでございませんでしたから、何事かと心配しながら大慌てでお荷物の支度や山荘の手入れなどをさせました。ええ、京をお捨てになってまことに出家でもされてしまうのかと、そんな心配をしたのです。
小さな山荘でございますので、宮様はごくごく身の回りの世話をする者だけ連れてお移りあそばしました。私は宮様が何をされるのかと心配で、京の邸は他の者に任せてお供させていただきました。
しかし、すぐに後悔いたしましたね。宮様は特に変わったことなどなさらず、京でのお暮しと同じように日々のんびり過ごされていらっしゃったのです。いえ、この邸よりも四季折々の山の風情を間近にご覧になって、むしろ楽しまれていらっしゃったご様子。それに引き換え私どもお付きの者は、京の邸よりさらに人手が足りないものですから、私もお半下がするような仕事をせざるをえません。この歳ですからたいそう難儀でございました。

しかし悪いことばかりでもございません。都の邸よりずっと狭い山荘暮らしですから、京より宮様とお話しさせていただく機会が多うございました。宮様も気安くいらっしゃいましたし、いくら日頃貴族の方々と交流が少ないとはいえまったくお喋りなさらないのもお気鬱なのでしょう、私なぞを相手にいろいろ四方山話をなさる機会がございました。そういったお話の中で、なぜ山荘に籠られたのかがわかったのでございます。
天竺にあるという仏の石の鉢というものを持ってこれば結婚に応じると、輝夜姫から条件を出されたとのことでございました。
それを伺って、驚いて訊ね申し上げました。「まぁ、それでは大和なんぞにお籠りになっている場合ではございませんでしょう。天竺に使いを出すなりなさいませぬと」と。しかし宮様は飄々と仰るのです。
「天竺など遥か遠き国に無事に渡れるとも思われぬし、万が一辿り着けたとしてもたった一つしかない鉢を首尾よく手に入れられるとは限らぬ。左様なことに命を賭けても仕方あるまい。だから輝夜姫には『天竺に仏の石の鉢を得るために旅に出る』と伝えておいて、こうして山荘に籠っているのだ。なに、適当な頃合いを見て、それらしい鉢を持っていけばよかろう」
真面目で融通が利かぬお方かと思うておりましたが、さすがに後宮での女人方の駆け引きを嫌というほど目の当たりにされた方。ほほほ、宮様にそんな勘定高いところもおありとは、長年お仕えしておりましたが初めて存じ上げました。

京にお帰りあそばしたのも、山荘にお越しになったときと同様、唐突なものでした。毎日の日課にされていた山歩きからお戻りになると、急に「都に帰るぞ」などと仰るのです。
お手には黒く煤けた鉢がございましたのでそれはどうされたのか訊ねましたところ、近所の山寺の仏像の前にあったのを持ってきたとの仰せでした。どう見ても小汚い鉢でしたが、大切そうに錦の袋にお入れあそばすのを拝見し、「さてはあれを仏の石の鉢とやらに仕立てなさるのだな」と思い至りました。
案の定、都に戻られてすぐ、宮様は輝夜姫の許にお出ましになりました。もちろん、例の鉢を入れた錦の袋をお持ちになってでございます。宮様の長年の念願が叶うわけですから、私どもは喜んで宮様をお見送りし、そして当然朝までお帰りにはならないだろうと思って休んでおりました。
ところが、まだ夜も更けていないというのに宮様はお帰りあそばしたのです。そのうえ、日頃は感情を顕わになさることなど滅多にないのに、そのときはひどくご不興そうなご様子でした。
私はお召し変えのお手伝いをしながら、一体何があったのか訊ね申し上げました。宮様はたいそう不愉快そうでいらっしゃいましたが、そこはそれ、女房や従者に八つ当たりするような真似とは無縁のお方ゆえ、渋々ではございましたが事の顛末をお聞かせくださいました。

なんでも宮様が輝夜姫に鉢をお渡しになると、輝夜姫は「本物であれば光り輝いているはずですが、これはどんなに拭っても露ほども光りませぬ。天竺でお求めになったとの仰せでございますけれど、どこでお求めになったことやら」などと申したそうな。
そこで宮様は「輝夜姫の真白き輝きに鉢も恥じ入り、黒くなってしまったのでしょう」とお答えされたそうですが、姫は「鉢も恥というものを知っているのに、宮様はご存知ないのですね」と言って鉢を宮様に返してしまったそうです。宮様は返答に詰まってしまわれて、そのまま輝夜姫の邸からお帰りになったそうですわ。
鉢ですか? さぁ、お帰りになったときにはお持ちでいらっしゃいませんでしたから、その辺りに捨ててしまわれたのでしょう。恥を捨てて姫の許に通い詰められたのに、結局捨てたのは鉢というわけで。ほほほ。

輝夜姫が真白く輝くと、宮様が確かにそう仰ったと? ええ、そんなようなことを……。ああ、でもこんな老いた者の記憶ですから頼りになりませぬ。それに、それ以来宮様は輝夜姫のことなどすっかりお忘れになったかのように、通われることもなければお話しになることもございませぬし。

宮様ですか? はい、今は例の山荘でお過ごしです。いえいえ、此度は長のお籠りではなく数日間のお出ましでございます。あれ以来、山荘でのお暮しがすっかりお気に召したようで。
ええ、私はあのときに懲りましたゆえお供させていただくのは辞して、若い女房に付かせております。若い女房にとっては宮様の単調な暮らしは耐え難いことでございましょう。ええ、剃髪こそしていらっしゃいませんが、まことに出家なさったかのような静かな生活でいらっしゃいますから。

もっとも宮様がご出家なさることはございますまい。山寺に置いてあった鉢を勝手に頂戴し、仏の石の鉢などと平気で偽るお方ですもの。
そんな信心のないお人が得度なさっても、阿弥陀仏様もお困りになることでしょうよ。