かぐやひめのものがたり 七 阿倍の右大臣の従者は

この度はお越しいただいておきながら、主人たる右大臣様が留守にしておりましてまことに申し訳ございませぬ。
本日はお父君の名代でいらっしゃいますか? はて、違うと。左様でございますか……。
いずれにせよ殿がいないようでは話になりませぬので、せっかくではございますが日を改めてお越しいただくか、もしくは殿がそちらのお邸に伺うように申し伝えます。

なに、それには及ばぬ、右大臣様のような位の高い方にお越しいただくなんぞとんでもないと? 貴殿のようなご身分の方が仰ることではございますまい。
なんと、本日は殿ではなく、右大臣家の従者に話を聞きたいと? はて、これは奇妙な……。して、どの者をお相手に? 大宰府へ使いに参った者ですか。ちょうどようございました。それは私でございます。はっ、名は房守と申します。このように貴殿と直接お話しさせていただけるとは、なんと光栄なことでございましょう。右大臣家に長く仕えておりますが、これほど晴れがましいことはございませぬ。

はい、若輩者ではございますが殿にはご信頼いただき、何くれとなく私をお傍に召されご用をお申し付けになります。馬鹿がつくほど正直で、融通が効かぬほど実直なところがお気に召しているのでしょう。古参の者のように殿にあれこれ進言することもございませぬし、最近の若い者のようにこっそり手を抜いたりすることもございませぬゆえ。ご自分の手足代わりに使うには便利とお考えなのかと存じます。

房守は忠義者だ、右大臣殿が羨ましいなど、そんなお言葉勿体のうございます。仰せの通り、確かに近頃は自身の主君についてあちこちで面白おかしく吹聴する不埒者も多うございます。しかし一度自分の主として仕え申し上げた方に誠心誠意ご奉仕するのは理でございます。まったく、近頃の者は嘆かわしいことこのうえない。
房守も若いのに年寄りくさいことを申すなど、かようにお笑いくださいますな。いや、貴殿のみならず、この邸の者も私のことを笑っておるのはよく知っております。風流とは縁のない、面白みのない男、と。結構でございますとも。風流など解さずとも、殿にお仕えするに何の障りがございましょうか。
なに、本日くらいは少々柔らかくなってみてもよいのではないかと? ちょうど右大臣様がいない折、たまには息を抜くのもよかろう、と……。

これ、人払いを。

……貴殿はお人が悪い。さては、殿が留守であるのを見計らってお越しになりましたね? いえいえ、そんなことはないなどと仰せになってもわかりまする。貴殿が殿と日頃から昵懇にされているならともかく、何の催しもないときにこちらへお越しになったことなぞございませんでしたから、おかしいとは思うておりました。いったい何のご用でございましょう。まぁ、なんとなく見当がつく気もいたしますが……。

何の話か当ててみよ、ですと。……輝夜姫の件ですかな。あの件では、殿はずいぶんと世間の笑いものになりましたから。

当たりでございますか。いやはや、これは貴殿のお申し入れとはいえ、ご容赦いただきとうございます。殿の恥をわざわざ披露するのは心苦しゅうございますゆえ。
それならなぜ人払いなぞしたのだですって? 本当のところ、房守も誰かに話してしまいたいと思っているのではないか、と?
やれ、貴殿にはかないませぬなぁ……。

これは、お父君のご命令なのでしょうか? 違う? 放蕩息子が興味本位で知りたいだけだ、と。
放蕩息子だなどとはとんでもない。お父君が右大臣様に対して貴殿のご自慢をなさるのを聞いたことがございますよ。父は見栄っ張りなだけですって? ご謙遜もいいところです。
拝察するに、正直なところ右大臣様より、いえ、貴殿のお父君よりもご聡明な方と……。いやいや、私ごときが差し出たことを申し上げました。何卒ご容赦くださいませ。

自身の主君たる右大臣はともかく、父を貶めるような言い草は気に入らぬ? はい、まことに申し訳ございませぬ。許してほしくば質問に答えよ、と。
貴殿のようなご立派な方が、他家の一従僕をかように苛めなさるのはいかがなものかと存じますぞ。やれ、致し方のうございます。負け申しました。何からお話しいたせばよろしゅうございましょうか……。

殿が輝夜姫に興味を持たれたきっかけでございますか。それは、以前東の市でございました見世物です。
殿がお出ましになったときには既に貴人方にも噂が広まっておりまして、皆様お忍びとはいえ徒歩や馬ではなくお車で市までお越しになっていらっしゃいました。殿も物見窓のついた古い牛車をお使いあそばしました。その見世物については貴殿もご存知でいらっしゃいましょう。
なに、ご覧になっていないと? 左様でございましたか。宮中でもずいぶん噂が立っている様子でございましたので、皆様ご覧あそばしたのかと。浮ついた噂になんぞに右往左往されないとは、貴殿はさすがでございます。お恥ずかしながら、殿のはしゃぎようときたらみっともないほどで。当時お通いあそばしていた女人を一緒にお連れして、大喜びで市まで出かけられました。
またその女人が派手好きな方で、目がちかちかするようなはでやかな襲の裾を車の御簾からこれ見よがしに出すものですから、私は右大臣様の車とばれたらどうしたものかとひやひやしっぱなしでございました。それなのに、車からよく見えるように見世物にたかっている庶民をどけよなど目立つようなことをお命じになるので、困ったものでございます。

見世物になっていたのは鬼かって? いえ、鬼ではございませぬ。襤褸をまとった人間の女でございました。
いやしかし、鬼と思う者もおりましたでしょう。あのような風貌の人間、京では見かけませぬゆえ。
どのような容貌かと申しますと、色は抜けるように白うございましたな。血管や臓腑がすべて透けるのではないかと思うほど白い肌をしておりました。
顔立ちもずいぶんくっきりとしておりました。いえ、確かに西海道辺りには目や鼻が大きい人間がおりますが、それとも違う顔立ちです。鼻が高く目が落ちくぼんでいるというか、とにかく彫りが深い顔立ちをしておりました。
一番目を引いたのは、髪の色でございます。金色に輝いておりました。老人の白髪のごとき色ではございませぬ。まことに黄金の髪でございました。それを見た人々の反応は様々でございます。ある者はなんと珍しいと言って喜び、ある者はこんな恐ろしい姿は人にあらずと言って恐れました。しかし、その女を見て驚嘆したのはいずれの者も同じです。我が殿も同じく、たいそう驚いておられました。

それからしばらくして、あの見世物は東の市から消えたそうでございます。さぁ、なぜかは私も存じ上げませぬ。
しかし、殿が禁裏で新たな噂話を仕入れていらっしゃいました。なんでも、市で見たような白い女がほかにもいるという話でございました。それは京の外れに住む讃岐造という者の邸にいるとのこと。
讃岐造についてでございますか? 申し訳ございませぬ、それに関しても私も詳しくは知らず……。殿が興味をお持ちになったので邸の者にいろいろと調べさせたのですが、何も情報がないのです。讃岐造などとそれらしく名乗ってはおりますが、何らかによってたまたま金を得た身分卑しい者でございましょう。

そうとわかってからは殿が白い女のことなんぞお忘れになればよいと願っておりましたが、どうも殿の興味は増す一方で。「誰それが讃岐造の邸に出向いたらしいぞ」などと、いかにもご自分もお出ましになりたいご様子でいらっしゃいました。右大臣様ともあろうお方が下賤の者の家に赴かれるなどとんでもないと思いまして、讃岐造の出自がどれだけ怪しいものかということを何度も申し上げましたがお聞き入れにならず……。はい、お忍びでお出ましになりました。
ええ、讃岐造の邸には入れませんでした。よくご存知で。
ははぁ、大伴の大納言様の従者にお聞きになったと。なるほど、あの方もあの件ではだいぶ苦労なさったご様子ですから、お付きの方も大変でしたでしょう。殿も、大納言様と同じような経緯と思っていただいて間違いのうございます。あんな卑しい者に門前払いを食ったのですからしかるべきご処分を下さればよろしいのに、何をお考えになったのか連日のように讃岐造の邸にお通いあそばされ……。はい、そしてある日、ようやく邸内に呼び入れられたのでございます。

白い女が本当に讃岐造の邸にいたのかって? はい、殿は確かにご覧になったと仰っていました。
いいえ、あの、契ったということではなく、その姿をちらりと見ることができたそうでございます。
貴殿の驚きはごもっとも。まともな女人であれば、親や夫以外の男に顔を見せることなぞございませぬ。しかしその白い女──それが世間で輝夜姫と呼ばれていた女でしたが、そもそも見世物になるような女ですから、貴族の姫君と同じように考える方が無理というものでしょう。よくまぁそんな女に輝夜姫などとたいそうな名をつけたものです。讃岐造とやらの厚顔さがうかがえますな。
え? いいえ、市で見世物になっていた女と、輝夜姫とは、別人とのことでございます。
殿が仰るには、確かに両人は同じような容貌をしていたとのことですが、歳や肌艶が明らかに別の女とのことでございました。見世物にされていた女は私も見ましたが、痩せてやつれている様子がありありとわかりました。しかし、輝夜姫とやらは若く美しかったと殿が仰っておりました。あのように珍しい姿をした人間が二人もいたとは驚きだと、しきりと仰せになっていました。

讃岐造の邸内に呼び入れられたのは、右大臣様の他にもいらっしゃったようです。車持皇子様、石作皇子様、大伴の大納言様、石上の中納言様。
輝夜姫はこの世の物とは思えぬ珍しい物を持ってくるように、願いを叶えた方と契りを交わすと言ったとか。そして右大臣様には、火鼠の皮衣とやらを見せてほしいと申したそうです。他の方々への輝夜姫の要求ですか? さぁ、そこまでは私は聞いておりませぬ。
私は無学の者ゆえ火鼠とはいかな生き物か知りませぬが、何かご存知でしょうか。左様でございますか、貴殿でもご存知ありませんか。
ええ、殿もそんなものは初めてお聞きになったので、輝夜姫に訊ねられたそうです。輝夜姫が言うには、なんでも火鼠の皮衣は火に入れても決して焼けぬとか。はて、そんな物がこの世にあるのかと不思議に思いましたが、何しろ世界は広うございますからそんなものもあるのかもしれない、くらいに思いました。

実は殿にはお悪い癖がございまして、何かしらというと散財なさるのです。邸や庭にもずいぶんと費用をかけられましたし、その維持にもずいぶん費やしております。お道具類もあれこれ凝りなさって次々とお買い求めになる。貴殿がお手になさっている瑠璃の盃も、わざわざ唐から取り寄せさせた物でございます。
日頃からそんな具合でございましたので、火鼠の皮衣という珍奇な物を要求されても、殿は「なに、唐からなら買い入れることができようぞ」と気楽にお考えのご様子でした。私にかなりの額の金子をお預けになり、大宰府に出入りしている唐の商人に買い付けを依頼せよと仰せになるのです。とにかくどなたよりも早く輝夜姫の要求を叶えたいとそればかりで、「火鼠の皮衣を手に入れるまで大宰府にて待機せよ」とまで仰る有様で。
おかげで私は唐の船が戻るまで、都から離れて大宰府で暮らす羽目になりました。港で海を眺めながら、やれいつになったら京に戻れるのやらと、途方に暮れたものでございます。
しかし、火鼠の皮衣が届いたのは意外に早うございました。皮衣を収めた箱は緻密な彫りに豊かな彩色が施され、それだけでも価値ある物のように思われました。
中に入っていた皮衣は、紺青の毛がふさふさとしており、毛先が金色に輝いてきらきらしておりました。火鼠とやらがどんなものか、そしてこれが本物であるかどうかはわかりませぬが、なるほどたいそう珍しく美しい物であることは間違いないと思ったものでございます。
しかもかなりの代金を支払ったにも関わらず、それでは足りなかったというのですから、よほど高価な物だったのでしょう。足りなかった代金を払わねば皮衣を返すようにと商人が言うので、私は皮衣の入った箱を携えて飛ぶようにして帰京いたしました。
殿のお喜びようといったらございませぬ。追加の代金も相当な金額でございましたが、「この程度の金で購え、輝夜姫を娶ることができるのであれば安いものだ」と仰って、ぽんと私に金子をお預けなさいました。おかげで私は京で休む暇もなく、また大宰府に取って返して残りの支払いを済ませたという次第でございます。いやはや、数えきれないほど殿のお使いをしてきましたが、あれほど馬を走らせたことはございませぬ。当分大宰府には行きたくのうございます。

は、火鼠の皮衣の顛末でございますか? あいにく、私が大宰府に残金を支払いに行っている最中のことでございますので、仔細はわかりかねますが……。ここからは邸内の他の者から聞いた話でございます。

火鼠の皮衣を手に入れた殿はたいそうご機嫌で、早速その旨を輝夜姫に知らせたそうでございます。「ようやく輝夜姫を手に入れることができる」とお喜びになり、それはもう念入りに身支度なさったそうで。古参の女房が殿の入念なお支度に呆れておりまして、「年甲斐もなく半日もかけてお化粧なさって、虫干しかというほどに衣装を散らかされ、ようようお召し物を決められたかと思いきや高価な香をふんだんに焚きしめられる。ほんに付き合うこちらが大変でございます」などと申しておりました。
この女房はさる宮家からお預かりした方で、さすがに零落されたとはいえ宮家に仕えていた者、若い女房をきっちり指導しながら殿の我儘を上手にあしらっております。それが珍しくあからさまに文句を言うものですから、私も驚きました。殿の浮かれようが目に浮かぶようでございました。
思う存分に着飾られた後は、立派な檳榔毛車で讃岐造の邸へお出ましになったようで。いやはや、あんな車では大臣の行列とすぐにわかってしまうでしょう。それが喜々として下賤の者の邸に入るのですから、どんな好奇の目にさらされたことやら……。その場にお付き申さなかったのは幸いでございました。

さて、私が大宰府から戻った頃には、殿は首尾よう輝夜姫を娶られさぞやご機嫌かと思うておりました。が、帰京して御前に参上すると、殿の御気色のお悪いことといったらございませぬ。
なぜかはわかりませんでしたが、とにかくご指示通り商人に支払いを済ませた旨を報告申し上げました。すると殿が不機嫌に「忌々しくも騙された」と仰るのです。
何事かと思いまして訊ね申し上げますと、火鼠の皮衣を輝夜姫に見せたところ、本物であれば燃えないはずだから火にくべて確かめたいと言い出したそうでございます。
殿としては、これだけ高価で美しく珍しい物なのだからそこまでしなくともとお考えになったそうですが、本物であれば燃えてしまう心配など不要という輝夜姫の言い分ももっともだと納得され──何しろ殿はそれを本物だと信じて疑っていらっしゃらなかったのですから──、皮衣に火をつけられたそうです。
すると、なんとまぁ、火鼠の皮衣とやらはめらめらと燃え、殿は茫然として火を消すこともできず、見る見るうちに灰になってしまったとか。
青ざめている殿とは対照的に、輝夜姫はたいそう面白そうに笑っていたそうでございます。そればかりか「こんなに呆気なく燃える贋物だとわかっていましたら、火にくべずに眺めておりましたのにね。たいそう美しい衣でしたもの。残念でしたわ」などと皮肉まで言う始末だそうで。殿は念入りなお支度を無駄にして、こちらにお帰りになるよりほかになかったそうでございます。

私といたしましてはあれが贋物で、右大臣様ともあろうお方がかような卑賤の女に縁づかなくて良かったと思っております。
それに今回の件にお懲りあそばし、珍しくて高価な物をお求めになるのを少しは差し控えられるようになるのであれば何より。女人も物もご自身に相応しい、そして程々のものであれば結構ではございませぬか。
少々口が過ぎましたようで。本日のことは、右大臣様には何卒ご内密にしていただきますようお願い申し上げまする。