かぐやひめのものがたり 六 唐の商人の使いは

あなたでございますか、私に話を聞きたいという御仁は。
私と話をしたいというからには、唐の名品をお求めなのでございましょう。

何しろ私は唐の大商人、王卿の下で働く身。古今東西のあらゆる名品珍品を商ってまいりました。
この度の航海でも珍しい物を携えてまいりましたぞ。唐の一流絵師の絵巻、天竺の王妃が愛用した耳飾り、胡から渡ってきた象牙の束飾り、南蛮の硝子の器。
いかがです? いずれもこの東の果ての小国……あ、いや、こちらの国では手に入り難き物ばかりでしょう。

何しろ長安はこの世で最も栄えている大都市でございます。私は京の街を知りませぬが、長安を模したと聞いております。だがしかし、その規模や繁栄は長安には遠く及ばぬ様子。
無理もございませぬ。かように海に隔てられていれば交易は自然と限られてくるもの。やはり都市の繁栄を支えるのは、武人でも貴族でもありません。ましてや天子様でもございません。鍵を握るのは我々商人。商人が物を流し、金を回し、それで初めて都市と人々の生活が潤うのです。

なに、航海は危険ではないのかと? もちろん危険でございますよ。命がけと申してもようございましょう。
嵐に巻き込まれ、仲間の命とたくさんのお宝が海の藻屑と消えました。私も危ない目に遭ったことがございます。乗っていた船が難破して、板にしがみついて干からびながら漂流した挙句、ここ大宰府どころかはるか南の島へ辿り着いたこともありました。商いどころではございませんよ。ええ、長安に帰りつくので精一杯。
とはいえ私は運に恵まれている方でございましょう。たった一度の航海で命も財産も失う人も多い中、私は幾度も長安と大宰府を行き来している。私に任せれば海難は免れるとまで噂され、長安でも京でもお得意様がつき、おかげさまでこの国の言葉もすっかり堪能になりました。

なにゆえに度々そんな危険を冒すのかって? さぁ、そうですなぁ。長年の商いでずいぶん儲けさせてもらったことですし、長安でも故郷でも、なんなら大宰府や京で邸を建て、余生をのんびり過ごしたくなるのが普通でございましょう。
しかし、こればっかりは性分としかいいようがございませぬ。ひとところに落ち着いていると、尻の辺りがむず痒くって仕方ない。
唐に戻り長安に帰ったら、確かにほっといたしますよ。ああ、此度も故国に命があるまま戻ってこられたと安堵します。だがしかし、長安でしばらく商いをしていると、今度は青い海が恋しくなる。太宰府や京の人々がしきりと懐かしくなる。ちょうどそんな頃合いを見計らったかのように、航行の話が持ち上がる。そしてまた旅に出るという繰り返しでございます。
おそらく唐に生まれようとこの国に生まれようと、天竺や胡で生を受けようと、私はこうして放浪する人生を選んだに相違ありませぬ。

しかし、そんな性分を持ち合わせているのは、何も私に限ったことではございませぬ。世界一の大都市たる長安には、この世のあらゆる人々が危険を冒してでも集まってまいります。
この国で異国人といえば唐や新羅の人しか見かけぬでしょう。この国の人々が長安に赴き異国の者を見ると、皆腰を抜かします。世界は広い。この世には様々な容貌をした民族がいるのです。
肌が真っ白な者もいれば真っ黒な者もいる。髪は金・銀・赤・茶と色とりどり。顔形もずいぶん異なりますぞ。鼻が高く頭が丸く、背が高くて手足の長い人もいる。私はもう見慣れてしまいましたが、同じ人間とは思えぬ姿の人々を見ると皆仰天いたします。
しかし、利益を求めるがため危険を冒して旅をする気持ちは同じ。いかに姿が違えど私と同じように欲深いところを見ると、なるほど確かに同じ人間だと確信いたします。

さてさて、私の命を賭けての商売です。商品は物そのものの価値ばかりではなく、私の命が込められていると言っても過言ではありませぬ。いかがですかな、何かお気に召した物はございましたか?
お見受けするに、あなたはたいそうなご身分のようだ。その装束は直衣と言いましたかな、そのお召しになっている直衣、長安でも身分が高い方だけが身に着けられるような高価な布地で仕立てられている。
ふふふ、お隠しになってもごまかせませぬぞ。太宰府の田舎役人は騙せても、私のような目利きの商人はごまかせませぬ。まぁ深くはお伺いいたしませぬ。どうしてあなたのようなご身分のある方がわざわざ京から太宰府までお越しになったのか面妖ではありますが、私の商売には何ら関係のないこと。私の興味はこの国での官位より、金のあるなしでございます。金のない天子様より金のある庶民と昵懇にしたいと思うのが本音でして。
しかしその直衣の刺繍から察するに、あなたはたいそう豊かな方でいらっしゃいましょう。私が運んでまいりましたどの名品でもたやすく購えるほどに。

この国一番のお得意様はどなたかって? なぜそんな妙なことを訊ねなさる。あなたは貴族のふりをして、実は私の商売敵……? ははは、それは考え過ぎでしたか。いや、失礼。こんな商売をしていると、騙し騙されという心配がつきものでして。
そんな心配は無用、そこの反物を買い上げてやる、と。おお、それはありがたいことでございます。あなたはお目が高い。こちらの反物は長安でもなかなか手に入らぬ逸品。どれ、ご覧なさいまし。文様の刺繍もさることながら、地柄の縫い取りも見事でございましょう。織るには非常に手間のかかる物でございます。この緑はこちらの国では秘色といいましたかな。奥方のご衣裳にでも誂えなさったら、さぞや自慢の一品になりましょうぞ。

なに、これで私がただの渡来物好きな貴族とわかっただろう、先ほどの質問に答えてほしいと? はて、なんでしたかな。そうそう、この国一番のお得意様でしたな。
一番と申せば、阿倍の右大臣様をおいて他にありますまい。何しろ右大臣様は官位もさることながら、相当な財産をお持ちの方。いやいや、あの方ほど気前も金払いも良い方は、長安でもおみかけいたしませぬ。
ええ、もちろん名品をお買い上げになります。あなたは右大臣様とご交流がおありですかな? お邸に伺う機会があれば、唐渡りの物を見たいと一言仰ってごらんなさい。私の手を通してお買い上げになった品々が次々と出てきましょうぞ。

ええ、中には珍妙な物もございます。ふふふ……。これは内緒にしておいていただきたいのですが、ふふふ。右大臣様は羽振りはよろしいのですが、何と申しましょうかな、どうも珍しければ何でもよいというような性癖がおありのようで。古いひび割れた安い壺にまことしやかな謂れを添えると、喜んでとんでもない高い値をぽんとお支払いになるような方なのです。
ふふふ、そんな嫌なお顔をなさいますな。先ほど申し上げたばかりです。このような商売、騙し騙されで成り立っているのです。
要は買った方が納得し、売った者が儲ければ丸く収まるだけのこと。右大臣様が偽りの謂れをお信じになり、名品が手に入ったと幸せになればそれで結構ではございませぬか。
ああ、ご心配なく。先ほどあなたがお買い求めになった反物は、真っ当な価格でお譲り申し上げました。あなたは物をおわかりになる方でしょう。しかも、わざわざ大宰府まで足をお運びになる。そんな方を騙すなんて、この私でもできかねます。できれば末長くお付き合いいただきとうございますから、あの反物はかなり勉強させていただいたのですよ。

右大臣様が最近お求めになった物ですか? ああ、ふふふ。失礼。ええ、ぜひ右大臣様に見せていただくようお申し入れなさいませ。ふふふ。
何をそんなに笑うのかって? いやいや、あの件についての裏を知れば、あなたもさぞおかしく思われるに違いない。ようございましょう。お近づきのしるしとして教えてさしあげます。その代わり、右大臣様に現物を見せていただいた折に笑い出さぬようお気をつけください。

右大臣様がお買いになったのは、火鼠の皮衣です。
あなた、火鼠だなんて生き物をご存知で? そりゃあそうでしょう。私も長年あちこちで商売をしている関係で見聞が広いと自負しておりますが、そんなものは見たことも聞いたこともございませぬ。
右大臣様のお使いが言うには、火に焼けぬ皮衣とか。日頃から奇妙な物をありがたがるお方だとは思っていましたが、やれここまで極まったかと呆れたものです。
そのときは、ちょうど王卿も大宰府に来ておりました。私は右大臣様の使いが話すのを聞きながら内心笑っていたのですが、王卿は神妙な顔をして答えるのです。
「火鼠の皮衣とは噂に聞いたことはございますが、唐にはない物です。東西の珍品を目にしてきた私が見たことがないとは、まことに手に入れ難き物。しかしこの世にある物ならば、必ずや唐に入ってくるでしょう。なければ天竺の長者辺りに求めます。それでももし見つからなければ、お預かりした代金は使いに持たせて右大臣様にお返しいたします」
私は王卿の言葉を聞き、驚きました。そして後から訊ねたのです。火鼠の皮衣など私は聞いたこともないが本当にそんな物があるのかと。私の質問を王卿は笑い飛ばしました。そんな物あるわけなかろう、誰も知らぬのだから適当な物を見繕えばよい、と。ふふふ。私なんぞ可愛いものでございましょう。いくら私が強運の持ち主だとて、王卿を超える商売人には永遠になれますまい。

その後、頃合いを見計らって私は王卿の使者として再び大宰府に参り、右大臣様の使いに火鼠の皮衣を渡しました。
「こちらにございます火鼠の皮衣、大勢に尽力させましてようやく見つけ出し、お届け申し上げます。当世にも昔にも容易にない物、方々を捜させましたところ、昔天竺の高僧が唐に持って来ました物が西の山寺にあると聞き及びました。早速朝廷に申し出て買い取りましたところ、右大臣様からお預かりした代金では五十両ばかり足りませんでした。しかしこれを逃しては次にいつ見つかるかわかりませぬので、王卿の私財を足して購った次第でございます。あと五十両をお預けいただければ、確かに王卿に届けます。しかし追加代金をお渡しくださらないようでしたら、火鼠の皮衣はお返しいただきとう存じます」
もちろん、右大臣様はすぐに五十両寄越されました。
売ったのは本当に火鼠の皮衣かって? ふふふ、そんな物、どこを捜しても見つかるはずございませんでしょう。胡人が長安に持ち込んだ物の中から、適当に珍しい皮衣をそれらしくお渡ししたのです。なに、右大臣様とて本物をご存知ないのですから、それが贋物とどうしてわかりましょう。先ほど申し上げましたとおり、右大臣様が満足されれば、本物の火鼠だろうがそうでなかろうが関係ないのです。

右大臣様が火鼠の皮衣などというこの世にない珍品をお求めになったのはなぜかって? さあ、そこまでは私も存じかねますし、興味もありません。
私ども商人は、物を流し金を回すのが役目。どのような物なら世の人々が買い求め、金になるかということには興味が湧きますがね。
まぁ、たまには右大臣様のように珍妙な物をお買いになる方がいればこそ、危険が多く殺伐とした商人の生活も楽しくなるというものでしょう。