かぐやひめのものがたり 五 播磨国の国司は

これはこれは、わざわざかような場所にまでお越しいただき、まことに恐縮でございます。

都と違いこんな鄙では気の利いたおもてなしなどできませぬが、何卒ご容赦いただきますよう。
なに、宮中や殿のお邸と違い安普請の我が家ではございますが、あれに見ゆる明石の浜。京では決して見ることのできない絶景でございましょう。いかに凝った庭を造ったとて、邸に海までは再現できますまい。
これ、食膳をここに。禁裏や大臣邸で饗される食膳に豪奢さでは及びもしませんが、海の幸の新鮮さは都では味わえないものでございます。
どうですかな、こちらの鯛。なに、新鮮だからこそこうして生のまま召し上がっていただくことができるのです。塩焼や鱠にするなど勿体のうございますぞ。鮑や蛸も立派でしょう。どれも今朝浜から上がったばかりのもの。ただ焼いたり蒸したりするだけで、極楽浄土の食事もかくやとばかりになります。酒や米も絶品です。ささ、雄大な海を見ながらの食事、どうぞご賞味あれ。

そうですか、お気に召していただけましたか。それはようございました。

私も都暮らしが長うございましたから、京からさほど離れていない国とはいえ除目の際には正直落胆したものです。しかし数年の任期のことですし、中央での出世はままならぬ身。朝廷の威光が行き届かぬような遠国に赴任が決まるよりはましであったと思うことにいたしました。
いや、それが、なかなかどうして。快適な暮らしを送らせていただいております。この食膳だけでもお察しいただけましょう。京に集まる食材が至上のものと信じておりましたが、いやはややはり海のものも山のものも新鮮さが一番。海風は心地よく、気候も申し分ない。播磨に来てからずいぶんと太りましたよ。ははは。
何より、鄙の人々は朴訥です。のんびりしていて、それでいて真面目で働き者。薄暗い禁裏で愛想笑いを浮かべながら、その実陰で熾烈な出世争いを繰り広げている都の貴族達に比べ、地元の役人達は天真爛漫で裏表がのうございます。
あ、いや、決して殿のことを申し上げているのではございません。殿は黙っていても位人臣を極められるであろうお方。そうでない我々のような二流三流の貴族は日々苦労しているのでございますよ。

妻子でございますか? はい、京の自宅に残してございます。妻が都を離れるのを嫌がりまして。
気持ちはわからなくもないですな。雅とは無縁の土地なんぞに行きたくもないと思ったのでしょう。なに、播磨は都から近うございますから、何かあれば帰京するのはたやすいこと。たまに顔を見せてやれば向こうも労わってくれますし、長く逢わねば古女房も愛しく思えるから不思議なものです。
それに赴任地に妻がおらぬというのは、これはなかなか都合のよいことでございまして。都にいる間は妻の目を盗んで遊ばねばならなかったのが、今はなんの心配もございませんから。

お若い殿にはまだまだおわかりにはなりませんでしょう。洗練されていてご身分のお高い、都の女人が一番よろしいとお考えなのでは? 私くらいになると、女人の魅力もさまざまに思えてくるのですよ。
白粉と香の匂いをぷんぷん放った姫君も結構ですが、陽の恵みをいっぱいに浴びた健康的な女もまた可愛らしく見えてくる。気の利いた歌や洒落た文に頭を悩ます必要もなく、「可愛い可愛い」と言ってやればそれで満足する気楽な女もいいものです。手の込んだ食膳も味わいあるものですが、新鮮で生命力溢れた素材を楽しむのもまた一興と、そんなことを思うようにもなりました。

いやはや、とはいえ殿のように都の雅さを一身にまとっていらっしゃるようなお方の御前では、さすがに京が懐かしく思えまする。

こちらにお越しになる貴族の方ですか? そうですなぁ、この辺りに荘園をお持ちの方は、時折お顔をお見せになる方もいらっしゃいますね。京から近いこともあり、海の風情を楽しみたいという方が気楽にお越しになれる距離ですから。

最近ですか。最近ですと……。車持皇子様がしばらく滞在されていたようで。
いえ、私どもは饗応しておりませぬ。何でもご自分の荘園にお忍びでお籠りとの由。京から伝え聞いた話で初めてそれを知った次第でございましたから、私もびっくりいたしました。
京からの話ですか? はい、例の輝夜姫とやらの一件で。いえいえ、仔細については存じませぬが、何でも皇子様が輝夜姫にご下賜になった品を、不遜にも輝夜姫が気に入らず皇子様を袖にしたと聞きました。それ以上のことは知りませぬ。

他の方ですか。そうですね、その前に大伴の大納言様が……。
あ、いや、失礼。大納言様の件は、ふふふ、思い出すとおかしくて……。酒が入っておりますゆえ、どうぞご無礼をお見逃しいただきとうございます。
いや、大納言様の件は、殿もお知りになれば滑稽に思われることと存じますよ。私も役人から伝え聞いたことですのでところどころ事実と異なるかもしれませんが、なに、酒の席での笑い話として聞き流していただきとうございます。

いつぞやか、大伴の大納言様がお忍びで難波の港までお越しになったそうです。それで辺りの舟人を捕まえて仰ることが振るっている。「大伴の大納言に仕える者が舟出して、竜の頸の玉を取ったという話は聞かないか」と訊ね回られたそうです。
舟人達は皆大笑いですよ。わけのわからないことを言う人だ、竜の頸の玉なんて物を取りに出かけた舟なんぞない、とお答え申し上げたようで。
すると大納言様は舟人どもを鼻で笑ったそうです。「浅知恵の者どもめ。事実を知らぬだけでかようなことを申すとは」と仰って、自ら舟をお雇いになって「のろまな邸の者は待たぬ。我が弓で竜を殺し、頸の玉を奪おうぞ」と仰せになったとのこと。
気の毒なのは雇われた舟人ですな。そんな途方もない話散々お断り申し上げたそうですが、ご褒美はたんまり頂けるというし、何しろ大納言様の強引さに負けて、渋々舟を出したそうです。

それがどうしたことでしょう。舟を出した途端に雲行きが怪しくなり、疾風が舟を揺すぶるわ、大量の雨粒が叩きつけられるわ、たいそう難儀をしたとか。そのうえ雷が舟を襲う有様で、長年舟に乗った舟人すら恐れおののくほどだったそうです。
舟人は雇い主が大納言様なんてことは存じ上げないものですから、「海底に沈むか落雷が命中するか。それを免れても南海に漂流してしまう。今までこんな恐ろしい目に遭ったことなどない。とんでもない人に雇われてしまって、つまらない死に方をしそうだ」と悪態をついたそうな。
大納言様は大納言様で、ただでさえ不慣れな舟に乗っていらっしゃるのにそんな嵐に遭い、ひどい船酔いに苦しめられたご様子です。舟人を叱責なさる気力もなく、「海上では船頭だけが頼りなのに何故そんなことを申すのだ」と言うばかりだったそうですよ。そこで舟人は、竜を殺そうだなんて大それたことを考えるからこんな目に遭うのだと、大納言様をお諌め申し上げたそうです。
大納言様がなぜ竜の頸の玉なんぞを欲しがりなさったか存じ上げませんが、命を失っては元も子もございませんからね。竜退治などを思い立ったことを悔い改め、今後竜の毛筋一本動かすまいと誓いを立て、神にお祈りされたそうでございます。すると祈りが通じたのか雷鳴がやみ、風も疾いながらも順風になったとか。
とはいえ三、四日ばかり海上を漂流されたものですから、舟に慣れた者や体力のある従者はともかく、大納言様はすっかりお弱りになってしまったようで。ようよう明石の浜に舟が着いたときには、舟底から起き上がれないほどになってしまわれていたそうです。
ふふふ、日頃威勢が良い方だけに、弱られると余計におかしなものですな。国府の役人が大納言様漂着の知らせを受けて浜に飛んでいきましたが、ひどい風邪にでもかかったかのように青膨れた顔をなさって、「ここはどこの南海の小島じゃ」などと呻かれていたそうです。そのご様子があまりにおかしくて、役人は堪え切れずに吹き出してしまったと申しておりました。
南海の小島どころか明石だとおわかりいただいても、とても起き上がれるようなご様子ではなかったそうです。仕方ないので手輿を用意させて、それにお乗せ申し上げて京までお帰りあそばせたとか。なんともはや、大納言様にお仕えする方々は苦労が絶えないでしょうなぁ。いったいぜんたい、どうしてまた竜の頸の玉なんぞを取るだなんてことを思い立たれたのでしょう。

なに、輝夜姫への贈り物ですと? ほほう、こんな鄙でも輝夜姫の名を聞くとは。
しかも車持皇子様や大納言様など身分の高い方ばかりが求婚なさるとは、さぞや身分高く麗しい姫君なのでしょうな。

その後、大伴の大納言様のご様子はいかがでございましょう? そうですか、しばらくはお邸で寝込まれていたと。まぁ、あの弱りようでは致し方ありますまい。回復された暁には、また竜退治に出かけられるのですかな? それはない、と。ははは。漂流なさったのがよほど懲りたとみえますな。どんなに美しい姫君を得るにしても、やはり命あってのものでございましょう。

播磨では唐との交易を行うかですって?
いえ、ご存知の通りここは内海には面しておりますが、唐は遠うございますから。漁や我が国内の交易は盛んでございますが、唐との遣り取りは大宰府が中心でございます。何ぞ珍しい物でもお求めでございますか? 殿もまた、愛しい女人への贈り物に、この世の物とも思われぬ宝をお探しでいらっしゃるのでしょうか?

お気持ちはわからなくもないですが、あまり無体な物をお求めになるのはいかがなものかと存じますよ。
多くの金子や労力をかけても得るものが少ないということもございますし、得た途端に魅力を失ってがっかりすることも多いこと。
ましてや大伴の大納言様のようにお命まで危うくなっては意味がないというもの。いやいや、私のような者が不遜なことを申しましたが、年寄りの話はのちのち「なるほど」と合点がいくものです。

なに、殿は充分にお美しくていらっしゃる。この明石の海のように美しく、そして豊潤な恵みをお与えくださる。
殿がお相手なら、それだけで女人は満足いたしますでしょう。