かぐやひめのものがたり 十四 飛香舎の中宮は

お久しゅうございますね、兄上。ご機嫌はいかがでございましたか。
しばらく兄上がお越しにならなかったものですから、女房達は淋しがっておりましたのよ。ほほほ、まことのことでしょう。お前達、何を今さらそんなに恥ずかしがっているのやら。
兄上がいらっしゃらない間は「次はいつお目にかかれるのでしょう」なんぞ申して、いらっしゃればいつになく洒落込んでこうして参上するではないですか。

けれど、私も兄上とお話しするのはたいそう久しぶりのことゆえ、申し訳ないけれどしばらく退がっていなさい。なに、お話しが終われば知らせますから、それからゆっくり兄上にお相手していただければよいではないですか。兄上に嫌がられない程度に、ね。

本日は中宮様に差し上げたい物があるですって? あら、何でしょう。
……まぁ、美しい反物ですこと。たいそう素敵な唐衣に仕上がるでしょうね。でも、せっかくですが、これを頂くのはやめておきます。唐渡りの上等な物ですって? ええ、とても素晴らしい物だということはわかりますわ。でも、色が気に入りませんの。お気を悪くなさらないで。その秘色を見ますと、どうしても弘徽殿のお方を思い出してしまいますの。あの方の瞳の色にそっくり。どうせなら、弘徽殿のお方に差し上げてはいかが? 父上が面倒をご覧になっているのでしょう? 兄上が何か差し上げても、何のおかしなこともございませんわ。

ああ、ごめんあそばせ。嫌な言い方ばかりして。せっかくこうしてゆっくり兄上にお目にかかるのは久しぶりなのに、兄上のお気に障るようなことばかり申し上げてしまって。

そなたが嫌がるのは無理もない、そなたの気持ちも考えずに何気なく持ってきてしまった私が悪かったのだ、ですって?
本当に兄上は、お優しい。お小さい頃からそうでしたわ。

父上も母上も、私が幼い頃から「そなたは将来中宮となり、皇太后となるのだ」と仰ってばかりいて、私を厳しく躾けられていましたもの。兄上だけでした。「ごく普通の貴族として生まれていれば生きる道を選ぶこともできただろうに、気の毒に」なんて言ってくださるのは。
けれど、兄上がそう言ってくださっていたお気持ちを理解できたのは、ずぅっと後のことなのです。愚かな妹だとお笑いになってくださって結構ですわ。

幼い私は父上の仰ることに疑問を持つことなぞ知らず、中宮として入内し、国母となる人生が当たり前で、女として最も幸せなことであると思っておりましたの。
むしろ、父上に私以外の娘がいなくてよかったとすら思っておりました。もし同腹でも腹違いでも姉妹がいれば、いったいどの娘が立后するのかと気を揉んだに違いない、と。下手をすれば姉妹揃って入内し、同じ後宮で妍を競わねばならないのかもしれない、そんな生き地獄に遭わずによかったと考えていたのです。
一人娘だからこそそんな心配もなく、父上は使えるだけの資産をお使いになって私の教育と立后の支度に全力を傾けられた。それはとてもありがたいことだと思っておりましたの。
入内しても、その気持ちは変わりませんでした。まだ私は幼うございましたもの。十二でしたかしら、裳着を済ませたばかりでしたから。
成人を祝福され、大勢の人にかしずかれ、華やかな行事が続いて、毎日のように艶やかな衣装に身を包んで、後宮の美しい御殿で気に入った調度類に囲まれて、常に私を中心に何かしら楽しいことが起こって……。
あの頃は、本当に毎日が楽しゅうございました。ほほほ、女房達はさぞや大変でございましたでしょうね。まだまだ子どもの中宮が、貝合わせをしたい、雛遊びがしたいなど、幼い遊びばかりしたがるのですもの。それでも、宮様の仰せのままになんて根気よく付き合いながら、宮様本日はお手習いをなさいませ、なんて言わなくてはいけないのですから、できた女人でなくば後宮仕えなぞ無理でしょうに。

主上にお目にかかっても、父上が決めた私の人生は正しかったと思っておりました。主上は私よりお歳が上ということもございましたけれど、私なぞよりずっと大人でいらっしゃいました。そして、兄上のようにお優しくていらっしゃいましたの。畏れ多くも、主上と兄上はよく似ていらっしゃるわ。
いいえ、本当にそう思うの。もちろん、お姿のことではありません。主上は大后様によく似ていらっしゃる。特にお口許のぷっくらした辺りなんて、とてもよく似ていらっしゃるの。主上と兄上は、仰ることがよく似ていたのです。

あれは、入内して初めての夜のことでございます。お恥ずかしい、こんなことを申し上げるのは初めてのことでございますね。でも、兄上だからこそ申し上げられるのです。お許しくださいませ。
私はまだ幼くて、夫婦というものが何たるかをわかっておりませんでした。母上も乳母も女房達も、何事も主上の仰せのままにと言うばかりで、共寝なぞ単に一つ床で寝ることだとばかり思っていましたの。とはいえ、父上と兄上以外の男の方とお顔を合わせるなんて初めてのことですし、一つの御帳台に互いが単姿で入るなんてことも恥ずかしいと思いましたし、ましてやお相手が畏れ多くも主上ですから、私は緊張しきっておりました。
主上は私が緊張していたのをお察しくださったのでしょう。「そのように緊張せずともよい。そなたが寛げるよう、何か話でもいたすか」などと仰ってくださったのです。それでも私が固くなっておりますと、どのような遊びが好きか、どのような物語が好きか、などと他愛もないことをご下問になりました。私はそれにお答え申し上げているうちに、なんとなく緊張がほぐれた覚えがあります。
「そなた、犬や猫は好きか」
などとも仰せになりました。特に猫が好きですと奏し上げました。すると主上は、なぜ犬では猫の方がよいのだなどと仰るのです。私は、犬は外を走り回ってばかりでちっとも可愛がれないけれど、猫は居間で一緒に過ごせるのが好ましく思うというようにお答えしたと思います。すると主上は、
「可哀相に。そなたは窮屈な暮らしをしてきたのだな。後宮は、もっと狭くて息苦しい場所だ。猫でもおらねば、慰むこともあるまい」
と仰いました。

兄上のお言葉と同様、私は主上の仰る意味が理解できませんでした。今までの暮らしが窮屈と思ったことはありませんでしたし──何しろそれ以外の生活を知りませんもの──、それからのち後宮で日々を重ねていても、毎日華やかで楽しいと思いましたから。少々口うるさい女房達に辟易することはありましても、父上や母上にしょっちゅうお小言を言われることもございませんしね。母上には派手だと怒られるような襲を着てみたり、藤が開いたときは自分が主催して宴を開いたり、なんて自由で素敵な場所なのかしらとすら思いました。
それに、主上はお優しゅうございました。猫が好きという私の言葉を覚えていてくだすって、白い仔猫をご下賜くださいました。それを見て「なんとまぁ、主上は宮様を大切に思し召しなのでしょう」などと皆が言うので、私は鼻が高うございましたわ。主上も即位されたばかりでお忙しくていらっしゃいましたのに、ご政務の合間にお顔を見せてくださいましたし。
ほほほ、私ったら初めの頃、主上を貝合わせや雛遊びに付き合わせてしまいましたの。女房が父上に申し上げまして、父上にこっぴどく叱られたものです。けれど、主上は何一つ文句を仰らず、優しく子どもの遊びに付き合ってくださったのです。普通であればそんなお時間があるのなら、ご政務を片付けたりお休みになったりなさりたいとお思いになるでしょうに。
私は、主上のそんなお優しさを、私に対する愛情ゆえと思っておりました。だから、本当に後宮生活が楽しくて誇らしくて仕方なかったのです。今思うと愚かですこと。主上は私を大切にお思いになっていたのではなく、父上や兄上を慮って幼い中宮の相手をしていたのですものね。

入内してしばらく経つと、父上が「そろそろ皇子は」などと仰るようになりましたわ。さすがにその頃になると私も、女房にそれとなく言い聞かされ、ただ添い寝をするのが夫婦ではないということはわかっておりました。けれどなんだかとても恥ずかしくて恐ろしいことに思われましたし、実際のところ何をどうすればいいのかはさっぱりわかっておりませんでしたから、父上にそんなことを言われても恥ずかしくて困っていましたの。
父上のことですから、きっと主上にも奏し上げたのでしょうね。あるとき、夜のお召しの際に主上が仰せになりました。
「そなたはまだ幼いゆえ、もう少しのちに契りを交わすこととしよう。そなたの父上には心配をかけるが、そなたにむやみとつらい思いをさせるのも忍びない。父上には、私からも心配無用と言っておこう」
そのとき、私はまだ子を産める身体ではございませんでした。それほど幼い娘を入内させるとは、よくよく考えると父上も無茶な方ですこと。主上は私の身体のことを女房からお聞きになって、そんなことを仰ってくださったのでしょう。
私は主上のお言葉を聞いて、安堵いたしました。父上のお言葉に困ることもなくなるし、それにやはり恐ろしくて。主上が「つらい思いをする」と仰せになったとき、ああやはり契るというのは恥ずかしくて恐ろしいことなのだわ、と思ったのです。それが少々先のことになって、ほっといたしましたの。ほほほ、少々どころではございませんでしたけれどね。

しばらくして私も成長し、月のものを見るようになりました。ふふふ、兄上にこんなことを申し上げるだなんてお恥ずかしゅうございますこと。
とはいえ、それですぐ主上とまことの夫婦に、というわけにはまいりませんでした。私の口から奏し上げるのはたいそう恥ずかしくはしたないことに思われましたので、誰か女房が気を利かせて教えて差し上げてくれればいいのにと思っておりました。それに、いくら昔から世の中の女が経験したこととはいえ、やはり恐ろしゅう思うておりましたから、まだ先でも構わぬと思いましたの。
それに、主上は浮ついたところのないお方ですから。お堅くていらっしゃって、戯れに女人に手をつけるような真似はなさらないお方。そして主上は私のことを愛情をもって大切にしてくださっていると信じておりましたので、のんびり自然に任せればよいと思うておりました。

ところが、そんな風に私がもたもたしていると、ぱたりと主上のお渡りやお召しがなくなりました。お忙しくていらっしゃるのだろうと思いはしましたが、不可思議に感じるのを止めることはできません。だって、今までどんなにお忙しくても、まったくお顔を拝見することがなくなるということはなかったのですもの。私以外に女御や更衣はおりませぬが、誰かお気に入りの女房でもお召しになったのだろうかと思い至ると、初めて私が主上とまことの夫婦でないことに焦りと不安を感じました。
とはいえそれは私の思い過ごしかもしれませんし、私は日々の無聊の潰し方をよく知っております。心に浮かんだ不安は隠しながら今まで通り──いえ、不安を拭い去るために今までよりいっそう遊びに興じました。

弘徽殿のお支度が整えられたと聞かされたときは、衝撃でしたわ。後宮の女房達はあらゆる噂話に鋭いかもしれませぬが、私の耳まで届くような噂は篩にかけられてしまっていますもの。ばたばたと慌ただしく弘徽殿のお支度がされて、初めて輝夜姫という名を聞いたのです。
輝夜姫の話は、父上から聞かされました。父上はたいそう仰りにくそうでいらっしゃいました。それに、ものすごくご機嫌悪そうでしたわ。何でも、あの真面目でお堅い主上が輝夜姫とかいう女人に恋い焦がれ、お手ずから内裏に連れて来てしまわれたというではないですか。悪い冗談だと思いましたとも。あの主上がそんなことをなさる方とは思えませんでしょう? けれど、臣下の誰が何を奏し上げても後宮入りさせなさるご決意が固いこと、それでも皆が反対するのならご譲位すらお考えのこと、主上はそう仰ったとか。そんなことを渋いお顔をしながら父上が仰るので、冗談ではないのだとわかって愕然としました。

さらに驚いたのが、その輝夜姫とはたいそう卑しい身分の女人なので、普通であればまともに宮仕えできるような者ではない。だから父上の養女として、入内させるようにと主上が仰せになったというではありませぬか。父上は「さすがに元の身分が身分なだけに、いくら儂の養女となったとて女御や更衣にはし難い。尚侍辺りがせいぜいだろうと説得申し上げたところ、主上にも妥協していただくことができた。だから宮様の中宮の地位は安泰である。あとは、宮様がお世継をお生みまいらせれば、そんな下賤の女人なぞ物の数に入らぬ。心配要りませぬぞ」と仰いました。

主上とまだ契っておらぬ、私は乙女のままであるなどと、とても父上には申し上げられませんでした。
確かに父上の仰る通りです。私が皇子を産めば、何の問題もございません。けれど、まだ私と主上は夫婦ではないのです……。

弘徽殿に輝夜姫が入ったときは、私の入内と違ってそれはひっそりしたものでした。けれど、人々の口の端には、私のときより上ったことでしょう。私が苦しい思いをしている頃、主上は飛香舎にお渡りあそばしました。
久しぶりに拝見した玉顔は、面やつれなさっていました。凛として涼やかでいらっしゃるお目元はお変わりないように見えますが、何かにとりつかれたような熱を帯びていらっしゃいました。
私は、ああ、これが恋の病にかかった殿方のお姿なのだとわかり、切なくて涙がこぼれました。弘徽殿に輝夜姫が入って初めて、主上は私に恋なぞしていなかったと思い知ったのです。主上がお優しかったのは、兄上が私を思いやってくださるのと同じ。身近な若い娘を労わるお気持ちからくるもので、決して愛情によるものではなかったのです。
それはひどくつらい現実でしたが、さらにつらい思いをするのを回避するために、私は何としても皇子を生まねばならぬと思いました。単なるお情けでも構わない、主上と夫婦となりお世継を生まねば、私の生きる場所がないと思いました。ですから、恥を忍び主上にお願いしようと決意したのです。

ところが、私がそれを奏し上げる前に、主上は先に私にご自分のお気持ちを仰せになったのです。

「此度の弘徽殿の件、そなたには非常につらい思いをさせた。許せ。だが、自分でも愚かしいとわかっていながらも、輝夜姫に恋い焦がれずにはいられなかったのだ。輝夜姫を我がものとしなければ、死んだ方がましだとまで思うてしまったのだ。
そなたは由緒正しい家柄の姫君で、美しく聡明で、素直で愛らしい。私がそなたを大事に思っていたのは、偽りなくまことである。だが、心身ともに征服されてしまうような強烈な恋ではなかった。私は輝夜姫に出会って、恋ひとつ自由にならぬ自分の身分を呪い苦しんだ。ここまで私を苦しめる輝夜姫を、愛おしいと思いながら憎んだ。そして、これほど焦がれてしまったのはよほど前世の因縁が深かったのだと観念し、輝夜姫となら地獄に堕ちることすら受け入れようと決意したのだ。
輝夜姫は、異国から渡ってきた女人で寄る辺がない。不憫ゆえ、そなたの父上に輝夜姫の後ろ盾となるよう依頼した。酷なことをすると恨まれても仕方ない。だが、そなたの父上の政敵に輝夜姫を与えるのは、さらに混乱を与えることとなろう。それを避けるために私ができることといえば、そなたの父上が後宮に一番影響力を持つ者とし続けることのみ。笑うがよい。帝といっても、できることなぞこの程度のことなのだ……。
そして、さらにそなたにはつらい思いをさせる。いくらそなたの父上の養女とはいえ、やはり輝夜姫が頼れる者は私だけなのだ。姫は、私の愛情だけを頼り、それだけを信じて生きていくしかないと泣く。姫以外の女人を愛することは許せぬ、姫以外の女人を抱くことは許さぬと泣く。
私は、この国でたった一人きりの輝夜姫を守るため、姫の願いを聞き入れることを誓った。生涯輝夜姫だけを愛し続け、守り抜くことを誓った。それゆえ、私はそなたと契ることは、できぬ。
哀れな中宮よ。私が帝でなければ、そなたは私から離れ、新たに良縁を探すこともできよう。だが、そなたの父上がそれを許すまい。もちろん、そなたも父上も納得するというのであれば、そなたを后から降ろすことに異を唱えぬ。けれど輝夜姫を立后できぬ以上、父上は決してそなたを中宮から降ろすことはしないであろう。
私がもう少し器用な人間であればよかった。輝夜姫に誓いを立てた一方で、そなたを抱けるような柔らかい人間であれば……。だが、私にはそれができぬ。私は愚直だ。まことに愚かで、自分でも己が疎ましい。しかし、今の私には輝夜姫しか女に見えぬ。そして自分の立てた誓いは破ることができぬ。
もし、そなたが私以外の公達に恋をして、その想いを叶えたいなら思う通りにするがよい。それでそなたが子をなしても、私はその子を我が子と認めよう。そなたの父上が望むなら、その子を次の東宮とするのも構わぬ。
だが、もしそなたも私と同じように、不器用な生き方しかできぬ女人なら、それはまことに哀れだ。あたら若く美しい時間を、この後宮という恐ろしい空間で散らしてしまうことになる。そんなそなたを不憫に思うなら、そなたを愛せばいいと自分でもわかっている。だが、私にはできぬ。私は、輝夜姫しか抱けぬのだ……」

まぁ、兄上。そんな顔をなさらないで。
そんなお顔をなさった兄上を拝見しますと、また涙がこぼれます。
主上と私は、一晩泣きました。主上は私を思い、私は主上を思って泣きました。それだけ互いを思いやっているにも関わらず、この先ずぅっと私達は清らかな帝と后であろう運命を思って泣きました。
私がどれだけ涙を流そうと、輝夜姫の甘い瞬き一つほどに主上のお心を動かすことは叶いませんでしたの。主上は輝夜姫に立てた誓い通り、私には指一本触れずに清涼殿にお戻りあそばしましたわ……。

輝夜姫が飛香舎に挨拶に来たのは、それからすぐのことでございます。一応は、私の義妹となりますものね。輝夜姫が異形の女人とは聞いておりましたが、さすがにあの髪の色と顔立ち、驚きを禁じえませんでした。蘇芳の唐衣が黄金色の髪をたいそう美しく見せていたのが印象的でしたわ。ずいぶんとしおらしく、慇懃に挨拶していきましたけれど、それがかえって形式ばかりという風情で鼻につきましたこと。
そして、私が「よろしく主上にお仕えあそばすようなさいませ」と答えましたときの、あの笑い。ほんの一瞬でしたけれど、自身が主上の愛情を独り占めしていることをよく知っている上での、私を馬鹿にしたような笑みを浮かべましたの。決して私の僻目ではありませんわ。他にも、それに気づいた女房がおりますもの。「噂には聞いておりましたが、したたかそうなお方ですこと」などと申しておりました。

父上にはお気の毒で、私が皇子を生みまいらせる可能性がまったくないことをお話ししておりません。一人娘を心血注いで育ててこられた父上が落胆されると思うと、実に申し上げにくくて……。
こんなことならもっと早うに、主上が輝夜姫に出会う前、私が月のものを見ましてすぐに、恥を忍んで主上にそれをご報告申し上げればよろしゅうございました。その方がよほど楽でございましたわ。

主上の仰るように、主上以外の殿方との恋を楽しめれば、それもようございましょう。けれど、私も主上と同じ。狭く、息苦しいところでしか生きていけない人間です。中宮であるという矜持が邪魔をして、帝以外の男を我が身に近づけるなどということは天地が引っくり返ってもないでしょう。主上の言葉ではございませぬが、愚直な己が疎ましゅうございます。

常乙女として生きねばならぬなら、後宮なぞ生臭い場所に住まうのはまこと苦しいこと。ことあるごとに輝夜姫の噂を聞き、輝夜姫の産んだ御子達の話を聞き、睦まじい主上と輝夜姫のご様子を想像してしまうのはつろうございます。斎宮として伊勢に下る内親王様が羨ましゅうございます。
いっそ私も髪を下ろし世を捨てれば、こんな業から逃れられるのでしょうね。けれど、それは父上がお許しになりますまい。何をしたところで還俗させられるのが目に見えています。

兄上、そんなにご心配なさらないでくださいましな。私は無聊を慰める方法をたくさん心得ております。
主上から賜った猫も、後宮という牢獄に私と一緒に籠って慰めてくれていますわ。