かぐやひめのものがたり 十三 内侍は

はい、母から聞いております。なんでも、石作皇子様のお邸を訪ねられたとか。
あすこも今はひっそりとしておりますゆえ、母ものんびりしたものでございましたでしょう。宮中から離れて長うございますので失礼があったやもしれませぬが、どうぞご容赦くださいませ。

ええ、こちらは一時期はたいそう忙しゅうございました。尚侍はあの通りでございますし、典侍は所詮は公卿の姫君方で、名ばかりで実務に不慣れなもの。宮中に慣れた古参の私が慌ただしくなるのは致し方ございませぬ。
しかし、最近は落ち着いてございます。とはいえ、まだ後宮はあのような状態でございますから、何がどうなるかわかったものではございませぬ……。
内侍司に主上のお手付きの女人はいるか、ですって?

まぁ、ほほほ。ご冗談が過ぎますわ。主上がどのようなお方か、あなた様もようご存知でいらっしゃいましょう。

確かに前の御代は、内侍司は後宮の御殿の一角と申してもよいほどであったと聞いております。尚侍は当然后妃様に準じる方という扱いを受けていらっしゃいましたし、典侍も内侍も何人も先帝のご寵愛を賜ったとのこと。それどころか、内侍司や清涼殿の女房までにもお手が付いたとのことですもの。さぞや大わらわでございましたでしょう。
それが主上は先帝と違い、あの通りお堅い方でいらっしゃいます。はい、東宮でいらっしゃる頃から浮いた噂一つございません。二の宮様──車持皇子様は元服される前から誰それのような女人をお好みのご様子なんて話を聞いたようですが、主上はそんな気配もなく。もっとも、あなた様のお父上には好都合なことでいらっしゃいましたでしょう。ほほほ、口が過ぎましたわね。
そのようなお方でいらっしゃいますから、輝夜姫の件で仰せ事がございましたとき、ほんに驚きました。

ええ、輝夜姫の話は、宮中の女房達も耳にしておりました。公卿の方々を袖にし、事もあろうに中納言様はお命まで落とされているのですから、噂にならない方がおかしいというものですわ。当然、主上のお耳にも輝夜姫の評判は入ってしまわれたようです。
ある日お召しがありまして、「大勢の貴人を使いものにならなくした輝夜姫とやら、絶世の美貌の持ち主という噂を聞いた。どれほどの女人であるのか、そなた出向いて見てくるように」と仰るのです。
驚きましたし、気が進みませんでしたわ。主上がそのように誰か特定の女人に興味をお示しになるのはお珍しいことでしたし、それが美しいとはいえ下賤の娘というではないですか。当時のように主上のお傍にいらっしゃるのが中宮様お一人という状況は淋しゅうございますが、どうせなら然るべきご身分の姫君にご関心をお寄せいただきとうございました。

それはともかく勅命でございますから、従わぬわけにはまいりませぬ。勅使として身支度を整え、立派な檳榔毛車をお借りして讃岐造とやらの邸に出向きました。
幾度も帝のお使いをしておりますが、あれほど不愉快なことは、後にも先にもございませぬ。
まず、讃岐造とやらの邸。ご覧になったことはございます? ええ、仰るとおり成り上がり者の下品な造りで。従者や女房もなっていませんの。前駆がございましたにも関わらず、私が到着してもおろおろするばかりでございました。ようやく顔を出した讃岐造は安物の直衣に烏帽子、妻は唐衣を羽織ってすらいないではないですか。仮にも勅使、帝の代理人としての私に対して、正装で出迎えぬとは何事かと不快でしたわ。
それでも、下賤の者のこと、勅使を受けることなぞあるはずもない者達のすることですから、不快さをぐっと堪えて勅命を申したのです。
「帝が仰いますには、輝夜姫の容貌が優れているとのこと。充分確かめてまいれとのご命令でございますので伺った次第です。輝夜姫を連れてまいりなさい」
すると媼が「仰せの通りに」と言って、下手くそな裾さばきで部屋を出ていきましたので待っておりました。しかし、いくら待ってもいつまでも輝夜姫とやらは姿を現しませんの。さすがに苛々してきました頃衣擦れの音が聞こえてまいりましたので、ようやく来たかと思いましたら媼しかおりませぬではないですか。媼は泣きそうな声で私に言い訳をいたしました。
「勅使がお見えになっているのでお目にかかるようにと申しますと、『私は優れた容貌ではありませんのに、どうしてお目にかかる必要がありましょう』などと言うのです。勅使を粗略に扱えるものですかと再度言いましたら、『帝の仰せ事など、畏れ多いこととも思いませぬ』と一向に部屋から出ようとしないのです。浅知恵で強情なあの娘は私が産んだ子でもございませんので、私の言うことなど聞こうともしないのです」

私の腹立ちがおわかりいただけますでしょうか。日頃は何事も穏やかに済ませるようにしておりますが、さすがにその言葉は耐え難く、お恥ずかしいことですがかなりきつい調子の物言いになってしまいました。
「輝夜姫の容貌を確認せよとは、帝のご命令です。それに背いて輝夜姫に会わず、私が帰参できるとでもお思いですか? 畏れ多くも帝のご命令に背くなど、この国に住んでいる者ができるはずがありませぬ。わけのわからぬことを言わず、早く輝夜姫を連れてまいりなさい」
媼は怯えて再び部屋を出ていきましたが、またすぐに一人で戻ってくるのです。
「さらに強情に勅使にお目通りなぞしないと申しております。『そもそも私はこの国の者ではないのですから、帝のご命令に従う必要なぞありませぬ。それがお気に召さないというのであれば、処刑するなりお好きになさればよろしいのです』などと言う始末で……」
それはもうたいそう腹立たしく、私も頭に血が上っておりました。そこまで強情な娘なんぞ願いどおりお仕置きを受ければよいと、輝夜姫に会わずにそのまま内裏へ戻った次第でございます。帰参の道中は、気が塞ぎました。主上の仰せ事に添えなかったわけですから。

気が重うございましたが主上の御前に参上し、讃岐造の邸であった仔細を奏上いたしました。主上はああいうお方でいらっしゃいますから、「そなたを嫌な目に遭わせたな」などとお笑いになって私をお許しくださいました。
「それにしても、帝の命令に平気で背くとは。名だたる貴人達が振り回されたのがようわかった」などと仰っておりましたので、輝夜姫のことなどそのままお忘れになるかと思うておりましたのに……。

日頃お静かなお方だけに、一度思い込まれると何をなさるかわかりませぬこと。輝夜姫に関しては、あなた様もあなた様のお父上もさぞやお気になさっていらっしゃることと存じます。
私もあの卑しく強情な娘が後宮にいて、その娘の雑務をしなければならぬと思うと、その度に腹立たしく不愉快な気持ちになりますわ。本当に、この先いったいどうなるというのでしょうか。