かぐやひめのものがたり 十二 讃岐造は

この度はかようなむさ苦しい場所にお越しいただきまして、まことに恐れ入ります……。

既に五位の身、そこまで頭を下げぬともよいなど、勿体ないお言葉で。
ご存知かとは思いますが、この爺、もとは官位などとは無縁の卑しい生まれの人間でございます。あなた様のように雲の上のお方とは、こうしてお会いすることなど本来あるはずもない身。それがこうして私めの家にお運びいただくなど、望外の喜びでございます。

はい、元々は、京から離れた山に住んでおりました。竹を取って、家内と共に籠だの笊だのに細工し、それを売って細々と生計を立てていました。貴族の方々が使うような細工物ではありません。貧乏な庶民が生活に使うような物を、京とは比べものにならないような小さな市で売りさばくのです。大した値にはなりゃしません。毎日毎日明日の糧を心配するような有様で。雨が降ろうが風邪を引こうが、竹を取り続けていました。
それを思えばたいそうな立身出世だ、さぞや前世で徳を積んだに違いない、と?

はぁ、しかし、……。私の運や才覚によるものなどではありません。それどころか、人の道に外れたような酷いこともいたしました。はい、東の市での見世物です。

月の女の見世物に至る経緯、でございますか? 今さら何の咎め立てをする気もない、ただ知りたいだけ、と……。左様でございますか、かしこまりました……。

あれはいつのことでしたか。もう何年も前のことになります。いつものように竹藪に分け入り、どの竹を切ろうか物色しておりました。竹の伸びようときたら恐ろしい速さでして、昨日は筍だったものが今日はもう竹になっているという塩梅で。そのため細工に手頃な竹を、毎日伸び具合を見ては取らねばなりません。その日もいつものように藪の中で仕事をしていたのです。
すると、薄暗い竹藪の中に、何やら光が見えます。
生い茂った竹藪の中は薄暗いものです。しかし、葉の隙間から洩れる光に何かが反射しているのです。何事かと思ってそちらに近づきますと、なんと一人の女が倒れておりました。
最初は、それが人間の女とは思えませんでした。何しろ髪の色が黄金色なのです。木漏れ日を反射しているのは、その女の髪でした。女は気絶して、ぴくりとも動きません。見慣れぬ装束を身に着けて──それはたいそう物の良さそうな着物でしたが、ずいぶんと汚れています。
そして驚いたのが、その着物が血に染まっているのです。最初は、女が怪我でも負って死んでいるのかと思いました。しかし、よくよく見ると、女の股に赤子がおりました。へその緒がついている、まさに今生まれたばかりの女の赤子です。驚いてその赤子を抱き上げると、ようやく赤子は息をし始めて威勢よく泣き出しました。赤子の母親は死んだのかと思いましたが、なんとか呼吸はしているようです。
私は慌てて家に戻り、婆さんを呼びました。私らには子どもがおりませんので、私は何をどうしていいのやらさっぱりわからなかったのです。婆さんは気絶していた女の容貌に仰天しておりましたが、ああいうときはおなごの方が肝が据わっているものですな、鎌でへその緒を切り、このままでは母親も赤子も死んでしまうからと言って、竹籠に二人を乗せて家に連れ帰ったのです。
母親の衣装は血や泥で汚れていましたので、婆さんが着替えさせてやりました。すると、なんとまぁ色の白いこと。婆さんも、日に焼けていない部分は色が白いと思うておりましたが、その女はそれとは比べものにならんほどの白さです。
それに、顔立ちのくっきりしたことといったら。私や婆さんの顔が急にぺったんこのものに思えてきました。赤子の方も身体をよく洗ってやると、どうも普通の人間とは違う、母親とよく似た姿のようです。もちろん生まれ立てなので肌は赤いし髪は薄いしよくわかりませんが、鼻の高いこと。しかし、角があるとか尾があるとか、そういうことはなく、色と顔立ちを除けば別段普通の人間と変わるところはなさそうでした。
ほどなくすると、母親は意識を取り戻しました。ようやく開いた目を見ると、これまた驚きました。海のような青い瞳をしとるのです。私はさすがに恐ろしくなりました。人間の姿をしとるが、取って食われるのではないかと怯えました。
それでも婆さんは落ち着いたもので、目を覚ました女に何かと声をかけてやるので、びっくりしたものです。しかし、女は言葉を解さないようで、婆さんが何を言っても困ったような顔をして首を傾げるばかりです。これには婆さんも困って、黙って赤子を渡してやりました。するとまぁ、今まで不安そうな顔つきをしていた女が、ぱぁっと花が開いたように笑いましてな。何やら私らにはわからん言葉で赤子に話しかけてやりながら、涙を流して乳を含ませてやるのです。そんな様子を見てますと、少々得体の知れないところはありますが、私らとなんら変わらん人間だと思えました。

最初は死んだかと思ったほどでしたが、その女は数日もすると起き上がれるようになれました。しかし言葉が通じませんから、女がどこから来たのかわからんし、どこへ送ってやればいいのかもわかりません。身振り手振りじゃ限界がありますからな。
それに、女は行くあてもないのか、赤子を連れて家から出ていくような素振りは見せませんでした。婆さんは人手が増えたと言って、これ幸いとばかりにその女に家事や竹細工をやらせようとしました。けれど、その女はどんな育ちなのか知りませんが、何ひとつできやしないのです。火を熾すこともできないし、汁を作ることもできない。鎌どころか包丁すら扱えない。それに赤子を育てにゃなりませんでしたので、童でもできるような仕事をやらせることしかできませんでした。
そりゃもう、私も婆さんも困りました。実入りが増えるわけでも手間が減るわけでもないのに、食い扶持だけは増えたわけですから。
女が倒れていたときに着ていた着物を見ると、それに全然荒れてない手を見ると、異国の良い生まれの女じゃないかと見当がつきましたから、それで家事なんぞ知らんのじゃろうと婆さんに言いましたが、婆さんは毎日不平たらたらです。「あんたは竹藪に毎日出ているから構わんかもしれんが、私ゃ奇妙な姿で奇妙な言葉を喋る、ろくに仕事もできない女と一日中一緒なんだよ。良い家の娘なら、とっとと家に帰ればいいんだ」と耳にタコができるほど愚痴を聞かされたものです。
女の方は、言葉がわからないながらも、婆さんが苛立っているのはよくわかったようでした。そりゃまあ、しょっちゅう怒鳴り散らしていましたからね。私ですか? さぁ、どうでしたかな。昼間は竹藪に出ていましたからね……。それでも女はじっと耐えていて、健気にも仕事や言葉を覚えようとしていたものですから、なんらかの事情で以前住んでいた場所には帰れなかったのでしょう。

赤子の方は、丸々と育っていくうちに、やはり母親とよう似ていることがはっきりしてきました。肌の色は真っ白で、びっしり揃った睫毛や濃くなってきた髪は金色です。瞳も母親によく似た青色で、小さいくせにくっきりと整った目や鼻をしとりました。女と赤子が来てますます生活に困ってはいましたが、美しい赤子が愛想良く笑ってるとさすがに可愛く思えるから不思議なもんです。母親に対しては怒鳴る婆さんも、赤子は可愛いとみえてあやしておりました。
赤子がだいぶん育って、夜中にも始終乳をやらなくても済むようになった頃でしたかな。婆さんが言い出したのです。
「あの女、うちから出る様子もなければ、いつまで経っても仕事ができるようになりゃしないし、薄気味悪い言葉を喋っている。お前さん、どうだい。今度籠を売りに行くとき、あの女も連れて行って、見物料でも取っておいでよ」
それは名案だと思いました。何でもあるという都ならいざ知らず、当時は田舎に住んでおりましたから、どこを見回してもあんな姿の人間はおりません。竹細工を運ばせがてら市に連れ出して、銭が取れるかどうか試してみるのも悪くはないと思ったのです。
それで市に出るとき、身振り手振りで女に付いてくるように指示したのです。女は別に何も思ってないようでした。水汲みとかと同じように、ただ仕事を手伝わされるだけだと考えたようで、黙って言うなりに私に付いてきました。
市に着くと、往来の人間が一斉に女の方を見ます。女は、視線を一身に浴びることに怯えたような顔をしていました。私はといえば、その視線に手応えを感じて慣れぬ口上を一生懸命述べたものです。まぁ適当にでっち上げました。月の都から来た世にも珍しい人間だよ、などと言って、足を止めた人から見物料を取りました。面白いように銭が集まりましたね。それに、人が集まったおかげで竹細工も売れました。あれほど爽快な気分は、それまで味わったことないですな。籠に入りきらないほどの銭を手にするなんぞ、初めてでした。
女ですか? 周りを取り囲まれて、へたへたと座り込んでおりました。最初は怖がっているのかと思いましたが、何やら諦めているようにも見えました。何を考えていたのか訊いたところでどうせ言葉が通じないからわかりゃしませんし、私はその女にも人間の心があるということを忘れるほどに浮かれてました。
たくさんの銭を持って帰ったら、婆さんも大喜びです。こうなったらちまちま竹を編んでる場合じゃない、毎日でも市に出て見物料を稼いだ方がいい、と。なに、この辺りの人々が飽きれば、別の市に行けばいい。竹藪から離れても、私らはもう生きていけるのだと言うとりました。赤子はようやく帰ってきた母親に甘え、母親はそれを抱きしめて泣いておりました。

それからは、毎日竹藪に出るのではなく、市に出て月の人間と称して女を見世物にしてました。田舎の小さな市とはいえ、評判が評判を呼び毎日かなりの人出で、良い稼ぎとなりましたよ。
あるとき、京から来たお役人が女を見て、「これは珍しい。都でもこのような容貌の人間は見たことがない」と仰るので、思い切って都に出て一旗揚げようかという考えが起こりました。その頃はかなりの蓄えができておりましたので、立派な邸でも建てて使用人を雇うという暮らしはどうだろうと婆さんと相談していたのです。しかし都に出られると聞いて、婆さんは大喜びです。おなごはいくつになってもおなごですな。田舎で豪邸に住むよりは、都の空気が吸いたいなどとはしゃぐ有様で。それで住み慣れた竹藪を出て、京に上ってきた次第です。
女の様子ですか? 今から考えると無理もありませんが、見世物にされるようになってからは、私らに従順な様子などちらとも見せませんでした。笑いかけることもなければ、言葉を覚えようともしません。赤子にも、相変わらずわけのわからん言葉で話しかけていました。赤子を連れて脱走しようとすることもあったので、常に枷を付けておりました。赤子の方は、私と婆さんの会話で、私らの言葉も覚えたのですがね。それでも母親とはわけのわからん言葉で会話しておりました。

京に来てからも、月の人間の見世物は大当たりです。田舎の市とは比べものにならん人出でした。
また、都の人達は稼ぎが良いのか、少々見物料をふっかけても苦もなく払う。最初のうちは小さな部屋を借りて住んでいたのですが、あっというまに銭が集まり、こうして外れとはいえ都に邸を構えるほどになった次第でして。
これだけの邸ともなると使用人が必要になるし、私らもそれなりに良い着物を着たくなる。人に仕えられて良い着物を着ると少々偉ぶってみせたくなるもので、昔住んでいた場所の近くの長者に倣って「讃岐造」と名乗るようになりました。讃岐とは南海道の国ですと? ははぁ、そんな場所のこととは知りませんでしたな。

赤子はすくすくと健康に育ち、たいそう愛らしくなりました。何しろ、生まれてから食うに困ったことがほとんどない娘ですから、健やかで血色の良いこと。母親を見ていると恐ろしいように思うこともある容貌ですが、娘を見ているとなんとまぁ美しいと思えて仕方ありません。
占い師を呼んで「輝夜姫」と名を付けてやり、肌の白さや髪の黄金が映えるような着物をいくつも誂えてやりました。貴族のお邸に仕えたことがあるという女房を雇って行儀を仕込んでやると、本当に生まれながらのお姫様のような有様で。私なんぞはこうした無教養な者ですから読み書きなんぞできんのですが、姫は難しい本をすらすらと読んで綺麗な文字をさらさらと書いてしまう。常に苛々していた婆さんも、輝夜姫に対してはたいそう猫っかわいがりをして何でも言うことを聞いてやりました。我が子同様に愛しくもあり、天からお預かりした天女にお仕えするような気持ちでもあります。
この邸に越してからは、母親は輝夜姫とは別の場所に過ごさせました。相変わらず輝夜姫と共に逃げ出そうとするので、一緒に住まわせるのは良くないと思いまして。母親にもそれなりに良い着物は誂えてやったりもしましたが、私らが与えるものは気に入らんらしく袖を通そうとはしませんでした。食事もろくに摂らんほどです。かといって死なれては元も子もないので、見張りに命じて無理やり食事をさせておりました。
ええ、もちろん。輝夜姫は、母親に対する私らの仕打ちには不満を持っていたでしょう。「人を獣のように見世物にするなぞ、恐ろしいこと」などとしょっちゅう言っておりました。その度に、こうして姫が何不自由なく豊かに暮らせるのは母親のおかげだと言ってやりましたが、「それなら、私も見世物にすればいかが?」などと澄まして言うのです。青い瞳で冷たく睨まれてごらんなさい。背中が凍るようにぞっといたしますぞ。だから、私は母親の話はなるべく姫の前ではしないようにしておりました。

やがて見世物が大がかりになってくると、この年寄りではきつうございますので、人にやらせておりました。次第に貴族の方々も押し寄せてくるようになり、実入りは増える一方です。
しかし、長年の不摂生で母親は次第に弱っていきました。きつい目で周りの者を睨みつける気力は残っていても、体力は衰え、痩せ細って病がちになりました。最初のうちは月の人間とはなんと美しいものだと評判を取っていたのに、そのうち鬼のようだと言われるようになる始末でして。近いうちに死ぬだろうというのはわかりました。
困りましたよ。私らの言葉をいつまでも覚えようとせず、反抗的で強情な女ですが、死なれてしまっては銭が入りません。かといって、可愛い輝夜姫を同じように見世物にする気には到底なれませんでした。
すると、これまた婆さんがいい知恵を出したのです。長年輝夜姫は秘蔵っ子として大切にしてきたが、その存在を明らかにしてやればいい、と。今や月の人間を貴族も見に来るご時世、輝夜姫を欲しいという貴族もいるに違いない。その中から一番金持ちの男を選び、輝夜姫の婿とすれば一生安泰に暮らせるというのです。なるほどと膝を打ち、私は早速噂をばらまき始めました。すると婆さんの思惑通り、母親が死んでも輝夜姫を娶りたいという男で我が家は注目の的です。求婚者の中には貴族中の貴族、公卿の方々もいるような有様で、私と婆さんは有頂天になりました。

しかし困ったことに、輝夜姫は結婚にちっとも乗り気ではないのです。母親を死なせたことに腹を立てて反抗しているのだろうと思い、良い縁に恵まれて輝夜姫が幸せになればこそ母親の供養となろうと何度も説得しました。ようやく五人の貴人を相手に婿選びを始めましたが悉く袖にし続けるので、まことに困り果てた次第です。どの方も輝夜姫の無茶な結婚条件を果たすことなぞできず、ついには姫へ求婚する方がいなくなってしまいました。

五名とも姫の出した結婚の条件を達成するのを失敗したとき、私はさすがに輝夜姫を責めました。いったい何を考えておるのか、と。老い先短い爺と婆はともかく、このまま輝夜姫が暮らしに困っていくのは見るに耐えんと泣きました。すると、輝夜姫は私が泣くのを見て笑い出すのです。
「翁は、私を身分高い方に娶らせようとお考えなのでしょう? 富貴でお血筋の良い殿方に。それならば、どうして先の五名のような方々が婿で良いと思うのです?」
驚きましたぞ。最後まで求婚し続けた五名は、皇子様と上達部ではないですか。それよりも身分の高い方なんかおらんではないかと、びっくりして涙が引っ込んだほどです。しかし輝夜姫はけろりとして、
「この国の天子様がいらっしゃるではありませぬか」
などと言うのです。

開いた口が塞がりませんでした。竹取をしていた爺が育てた娘が、どうして帝にお仕えできましょう。私が震えていると、輝夜姫は何でもないことのように言うのです。
「公卿の方々が散々な目にお遭いになりましたもの、いずれは主上のお耳にも私のことが入るでしょう。翁は私を主上に献上し、その代わりに官位を頂いて貴族になればよろしいのですわ。それ以上のことがありまして?」
とんでもないことを考える姫だと呆れました。しかし、姫の言う通り、勅使が我が家に見えたので驚くばかりで……。
そしてもっと驚いたことに、輝夜姫が勅使の命に逆らうではありませんか。これでは官位を頂くどころか、勅勘を被ってしまう。私も婆さんもおろおろしていると、輝夜姫は涼しい顔して「いいから、私の言う通りにしてくださいまし」などと言うのです。
もう私には姫が何を考えているのか、さっぱりわかりませんでした。言葉の通じぬ姫の母親の方が、よっぽど理解できたように思えます。いったい輝夜姫は何をするつもりなのかと思って見ているよりほかにありません。すると、輝夜姫は何をするというわけでもないのです。指一本、髪一筋も動かしていないのに、ああして非公式ながら我が家に行幸がございまして……。

すべてが輝夜姫の言う通りになりました。我が家は輝夜姫を失った代わりに、私は官位を頂戴しおこがましくも貴族となりました。食うや食わずの生活をしていたのに、大夫になったのです。
畏れ多いことです。恐ろしいことです……。

あの母子は、やはり鬼だったのでしょう。
私と婆さんに富と名声をもたらしたことを考えると、菩薩といってもいいかもしれません。いっときお預かりしたこの世ならぬお方を、まことに月の都にお返ししたと思えばいいのかもわかりません。
しかし最終的に手元に残ったのは、一度始めたら止まらない浪費の生活。私が頂く禄くらいでは婆さんは満足できず、昔のように愚痴ばかりこぼすようになりました。
我が子同然に可愛い姫を失った淋しい暮らし。いくら理解できぬところがあったとはいえ、姫を可愛がったのは真心からでしたので哀しいことです。
そして、先祖代々からの、生まれながらの貴族の方々に蔑まれる屈辱です。女を元手に成り上がった卑賤の者よと侮られる日々です。

もし、竹藪で見つけた母子を大事に大事に労わっていたら、今頃は幸せに暮らしていたのだろうかと考えることもあります。
しかし、何をどうしても、結局はあの鬼の母子に私の人生は食われてしまったのかもしれないとも思うのです。