かぐやひめのものがたり 十一 車持皇子の乳兄弟は

なんと!
なぜあなた様が我が家のような場所をご存知で……?

蔵人頭様からお聞きになったと。ははぁ、なるほど……。確かに車持皇子様と蔵人頭様は昵懇な間柄。あちら様の従者が我が家に来たことはございますが、蔵人頭様ご自身がお見えになったことはございません。ましてや宮様ですらお越しになったことなどありませぬ。
そのような場所ですから、大変光栄ではありますが、あなた様をお迎えするようなところではございませぬ。どうぞご容赦いただきたく……。

訊きたいことがあるだけで場所はどこでも構わぬ? なんならあなた様のお邸に移って……! それこそとんでものうございます!
はい、もちろんお邸に参上したことはございますが、あくまで宮様のお付きとして。車宿りをお借りしただけでございます。あなた様のお邸に上がってなどととんでもない! 緊張でそのまま事切れてしまいます! それくらいなら、むさ苦しいところではございますが、我が家にお入りいただいた方がまだましでございます……。ああ、しかし本当によいのでございましょうか……。こんなことが知れたら、間違いなく宮様にお叱りを受けてしまいます。どうぞご内密に。ああ、しかし、本当に……。

いや、やはり我が家でも緊張いたしますな……。
これ、子ども達と女房達は皆退げなさい。母屋には人を入れぬよう。

とんだご無礼を……。賑やかで結構? そう仰っていただくといくらか気が紛れますが、このような粗末な邸なぞお越しになったことなどございませんでしょう。邸と申すのも僭越でございます。貴族に連なるとはいえ身分低い者の家屋なぞ、庶民の家と大して変わりはございませぬ。

宮様のお引き立てがあるゆえ、そなたもいずれは出世しよう、と。ありがたいお言葉でございます。
確かに、我が家は宮様あってこそ。はい、畏れ多くも母が宮様の乳母を務めておりましたゆえ、私も乳兄弟として幼少の頃からお傍に侍っておりました。京に貴族多しといえど、幼き頃の宮様をよくご存知の方はそうはいらっしゃいますまい。現在の、どこかしら超然となさっている宮様も、お小さい頃はやんちゃで可愛らしくていらっしゃいました。東宮──今上帝とのお仲もおよろしく、後宮で駆け回るお二人に度々お供したものです。

しかし今上帝のお母上は当時の中宮様。対して車持皇子様のお母上は更衣様。
しかも更衣様のご実家の格は決して上の方ではございませぬ。宮様をお生みにならなければ、他のあまたの女御様・更衣様と同様、淋しい後宮生活と晩年だったに違いありません。先帝に親王が多くいらっしゃれば、ご実家の格からすると宮様は臣籍に下されたのかもしれませんが、三の宮──現在の東宮がお生まれになったのが遅うございましたので、親王の位のまま元服を迎えられました。
その頃の宮様には、もうやんちゃな頃の面影は微塵もございませんでした。一の宮様との権勢の違い、後宮の女人方の駆け引き、その裏にある上達部の権力争い、お母上たる御息所様が受けていた嫌がらせ……。そういったことをお知りになるにつれ、宮様はおいたわしい程早くに大人におなりあそばさなくてはなりませんでした。あなた様もしがらみの多いお家柄と存じますが、主上や宮様方、それに関わる皆様──あなた様も実に厄介なことが多うございます。それを思うと、私のような身分低い貴族というのは気楽ですから、幸せなことかもしれません。

やれ、緊張のあまり口が過ぎました。いったい、本日はどのようなご用件で。
ははぁ、輝夜姫の件ですか。やれ、困ったことですな。主君の恥を晒すようで気が引けまする。どうかご内密にお願いいたしますぞ……。

輝夜姫の件についてはどこまでご存知で? ああ、そこまでご存知であれば、私から申し上げることなぞありませぬ。仰る通り、輝夜姫から結婚の条件の品を言い渡され、宮様はそれを偽りと見破られてしまった。それだけのことでございます。

宮様から聞かされていた話でございますか? そうですなぁ……。

讃岐造の邸にお通いあそばすようになってずいぶんと長い間経って、ようやく宮様が招き入れられた日のことです。私としては、宮様はなぜあんな下賤の者の邸に意地になって通うのか解せませんでしたが、とにかく念願が叶うのは何より、輝夜姫とやらに逢ってもそのうちお飽きになるだろうと思いました。卑しい身分の女が相手では、宮様が物足りなく思われるのは目に見えておりましたゆえ。
ところが、宮様は夜半にお車にお戻りになり、邸にお帰りになるとそのまま私を寝殿にお上げになりました。輝夜姫を見た、と仰るのです。契りを交わしたにしてはお早いお帰りですから、よほどお気に召さなかったのかと申し上げました。すると、宮様は私の言葉にお笑いになりました。
「見たと言っても、契ったわけではない。単に姿を見ただけだ」
それはまた面妖なことがあるものだと私が訝しんでおりますと、宮様は私に讃岐造の邸での出来事をお話しくださいました。
「車宿りに他の車があるから何事かと思うておったら、通された客間に私以外にも男がいる。石作皇子様、右の大臣、大伴の大納言、石上の中納言が既に来ておった。私を見て、皆驚いた顔をしていた。中納言なぞ気の毒に、顔を蒼白にして震えておった。用意されていた茵が埋まったところを見ると、招かれた人間は私で揃ったらしい。
しかし、なにゆえ求婚者をいっときに集めたのか皆目見当つかぬ。とはいえ皆で話し合うのも間が抜けているから、誰もが押し黙っていた。仕方なく私も黙って部屋の様子を観察していると、その部屋にはところせましと調度類が置いてあった。二階厨子に長櫃にと、やたらめったら置いてあるから、納戸にでもいるのかと思うたほどだ。よくよく見ると、私から讃岐造や月の女あてに贈った品も並べてある。さては求婚者が贈った物を並べ立て、仕上げに男も飾る気かと、馬鹿馬鹿しくなってそのまま帰ろうかと思うた。
するとようやく襖が開き、一人の翁が現れた。一応直衣を着ておったが、ごつごつと荒れた手を見れば力仕事しか知らぬ者とすぐわかる。その翁はにこにこ笑いながら、自分が讃岐造だと名乗った。
翁は、皆が所望している月の女が確かに我が家にいる、と言った。美しいその娘を翁は大事に育てたそうで、占い師に輝夜姫などという仰々しい名前を付けさせたらしい。
翁はその女に世の理としてしかるべき方を婿とし、家門を栄えさせるよう何度も諭したのだが、輝夜姫は翁の子ではないらしく翁の言うことを聞き入れない。しかし我々五人の熱意に折れ、その姿を披露したいと言うのだ。
これには皆が顔を見合わせた。わかるであろう? この翁は輝夜姫とやらも見世物にする気なのか、複数の男に姿を見せて何をするつもりなのか、全員の顔にそう書いてあったわ。いずれにせよ讃岐造は、市で珍しい女を見せて餌とし、男を引き寄せて、もう一人の珍しい女を身分高い男に縁づけて富を得ようと企んでいたのだろう。そなたや蔵人頭の言うとおり、ろくな人物ではなかったわ。

それはともかく、翁が輝夜姫を呼ばわると襖の向こうから衣擦れの音がした。確かに、女人の装束の音だ。そちらに目をやると、確かに月の女がそこにいた。
東の市にいた、あの女とは全然違う。
いや、容貌はあの女と同じだ。白い肌に青い瞳、濃い顔立ちと金色の髪。しかし、輝夜姫は若かった。若く、健やかであった。それだけでこんなに女人の印象が変わるものなのかと、改めて驚いたほどだ。
張った頬はほのかに桜色をして、袿を着ていても身体はしなやかなのが容易に想像つく。そして表着が鈍色だっただけに、輝夜姫の美しさと若さが余計に際立った。
そして印象的なのは、目だ。瞳の色ではない。その目つきだ。その目は冷ややかだった。市で私を睨みつけていた、あの女とよく似ていた。挑むように、憎むように。
しかも輝夜姫は侮蔑も込めていた。自分を欲しがる男に媚びる様子など、つゆほどもない。もっとも、皆は感嘆の声を上げるばかりだったので、それに気づいたのは私だけのようだったがな。

輝夜姫はほんの少しの間姿を晒したが、すぐに几帳の陰に隠れてしまった。市で見世物になっていた女は輝夜姫の母親だと言うておった。母の喪に服していて、結婚なぞという気には到底なれぬのに翁が無理を言う、と。
輝夜姫は、翁を通さずに自分の声で語った。高くてよく通る、美しい声だった。そして、つつましやかな話し方ではあったが、実にしたたかでもあった。讃岐造とやらも狸親父と思うていたが、翁は輝夜姫を利用していたつもりで、実際のところは姫に言いように使われていたのだろう。
輝夜姫の言うには、長年通い続けてきたということでは五人は同じ。それだけでは誰とも決めかねるので、中でも一番愛情深い人にお仕えしたい。愛情の深さをはかるため、自分が見たいと思う物を持ってきてほしいと言う。我々五人が安堵とも落胆ともつかぬ息を吐いたのは言うまでもあるまい。輝夜姫も翁と同じだ。金で何とでもなるつまらぬ女。
しかし、要求した物がとんでもない。私には、東方海上にあるという蓬莱山の玉の枝を持ってこいと言う。他の男にも、この世にあるとは思えぬ物ばかり言い渡した。到底そんな物は持ってこられず、輝夜姫を手に入れることなぞ無理だと思われた。
あまりのことに呆れて、私が『そのような無理難題を押しつけるくらいなら、始めからこの邸の辺りすらうろつくなとでも申せばよい』と言うと、輝夜姫は、難題と感じ自分にそれほどの価値がないと思うのであれば、遠慮なく婿選びから降りればいい、とけろりとして言い放つ。普通であればこのような馬鹿な話、降りるところであろうが、先ほど見せられた輝夜姫の美しさは毒のように強烈であった。皆、姫の要求に応えるべく努力すると言わざるを得なかったのだ」
そう仰って、宮様は溜息をおつきになられました。

あなた様も左様でございましょうが、宮様も女人にはたいそうおもてになります。美しくていらっしゃるし、ご聡明ですこぶる評判が高くていらっしゃる。まめで、風流で、お血筋もよろしゅうございます。欠点と言えば浮名を流しすぎることですが、それすら堅物で面白みのない男より好ましいともてる要素となる始末で。
そんな具合でございますから、たいていの女人は宮様が文をお贈りさえすれば簡単に宮様のお言葉に従いました。大きな声では言えませぬが、道ならぬ恋を楽しまれたことも一度ではございませぬ。それが下賤の爺に育てられた妙な女は落ちぬとあっては、宮様はご自分の名折れとお考えあそばしたのでしょう。

そうですね、輝夜姫に夢中でいらっしゃったのは、確かでございます。それは姫に会う前も、会った後も、でございます。
果たしてそれが恋だったかどうかは、私にもわかりかねます。しかし、ご自分のご身分や名声に目もくれない女は初めてのことですので、宮様が躍起になった気持ちもわからなくはございません。また、輝夜姫の美貌をお話しになるご様子を拝見するに、姫の容貌や振る舞いが宮様に強い印象を与えていたのは間違いないでしょう。四六時中輝夜姫の姿を思い描き、姫をいかにして征服するかをお考えになり続けた。それは恋と申し上げてもよいのではないでしょうか。

しかし、いくら恋しい女のためとはいえ、伝説の山に玉の枝なんぞを本気で取りに行くおつもりかと心配いたしました。私がそう申し上げると、宮様はそれをお聞きになって大笑いなさいました。「そなたの言う通り、蓬莱山とやらに行ってみるのも面白いかもしれぬな」など仰りながら。
そこで宮様は、ようやくご自身の計画について明かし、私にご指示をなさったのです。伝説の山なんぞに行くつもりなど毛頭ない。ご自分は朝廷には体調の不良とでも言って賜暇を願い、どこぞに身を潜める。そして輝夜姫の言う通りの玉の枝を作らせ、それをもっともらしく仕立てていかにも自らが苦労して蓬莱山から採ってきたように見せればよかろうと仰るのです。
ははは。いかにも宮様らしゅうございましょう。いかに女人に愛しい愛しいなどと熱く仰っても、それはいっときのこと。頭の隅では別の女人やご政務のことなどをお考えで、冷静なことこのうえございませぬ。いかにも心を込めたような文をしたためるよりは手間がかかりますが、蓬莱の玉の枝とて要領は同じことです。宮様のお気持ちと枝が本物だと輝夜姫が勘違いすればそれで済む話。私とて宮様に得体の知れない女のために危険な旅になんぞ出ていただきたくはないので、仰せの通りに隠れ家やらの手配をいたしました。

玉の枝が仕上がるまではずいぶんと時間と金がかかりましたが、それでも宮様がご納得される物がなんとか完成いたしました。宮様は京に戻られるやいなや、いかにも危険な船旅から戻ったばかりという体で、玉の枝を携えて讃岐造の邸に入られました。ご自宅に戻られることもせず、です。
旅の直後のふりをなさったため小汚い狩衣をお召しでしたので、さすがに新婚の婿としては体裁が悪かろうと仰せになり、私はご指示に従って宮様のお邸から新しい直衣を届けさせました。それからは私も長い間宮様のお供で家を空けておりましたので、後のことは他の者に任せ、自分はいったんここへ帰宅した次第でございます。玉の枝は見事な仕上がりでしたし、宮様のなさることですから首尾よくいくと思うておりました。ですから、まぁ夜が明けてぼちぼち宮様のお邸に参上すればよいかと考えたのです。
翌朝、私は少々寝過ごしまして、ちょっと遅くに宮様の許に伺いました。とはいえ宮様は女人のお宅で平気で朝寝をする方ですから、輝夜姫のお邸でもゆっくりお過ごしになっているかと思っていました。
すると、参上するとすぐに宮様に呼びつけられます。珍しくお早いお戻りだなとは思いましたが、それでも念願の一夜を過ごされたわけですからご機嫌麗しいことと思い込んでおりました。それがまぁ、今まで拝見したこともないような仏頂面でいらっしゃって……。私がご挨拶申し上げましても、黙って扇をぱちりぱちりと弄んでいらっしゃるのです。私も何をどこまで伺っていいのやらわからず困っておりますと、しばらくしてようやく前の晩の話をお聞かせくださいました。

宮様がたいそうおやつれになったご様子でお越しになったので、讃岐造達はたいそう驚いて宮様を出迎えたそうです。とにかくまずは宮様はお身繕いやお食事などを済まされ、それから作らせた玉の枝を讃岐造に見せておやりになりました。讃岐造は美しい玉の枝にたいそう感動したそうです。几帳の陰に居た輝夜姫にも見せ、姫の言うことに違えるところない物をお持ちになられた、旅装のままご自邸に入ることもなく姫に会いに来られた、宮様にお仕えするように、と説得したとのことです。
ところが、輝夜姫はうんともすんとも返事をしない。玉の枝を眺めて溜息をついていたようです。宮様が今さら何か言うことでもあるのかと迫ると、輝夜姫は「育ての親の言いつけにただただ否やと言うのも躊躇われるので、この世にないような物を持ってくるよう申し上げましたのに。それが思ってもいなかったことに宮様がお持ちになるとは」と、さぞ忌々しそうに申し上げたそうな。
それをお聞きになって、宮様はたいそうお笑いになったと仰っておりました。勝ったと思った、と。
輝夜姫は、やはり始めから五人の求婚者のいずれとも結婚するつもりなぞなかったのだ、それを無理難題で退けようとは浅はかな、とお思いになったそうです。「思ってもいなかったこととはいえ、こうして姫の条件通りの物を差し上げたのだ。今度は私が姫を頂かずには帰れませぬ」と仰ってやったそうです。
讃岐造は大喜びだそうで。それはそうでございましょう、五人の中では宮様がお血筋も世間の評判も一番高くていらっしゃる。腹の中では、もともと宮様に輝夜姫を娶らせるつもりだったのではないでしょうか。しかししつこく求婚を続ける貴人もいずれも身分高く、簡単には袖にし難い──袖にするにはもったいないとでも思うていたのでしょう。輝夜姫や女房に寝所の支度をするよう言いつけて、宮様にはこのような美しい玉の枝をいかにして手に入れなさったのか訊ね申し上げたそうです。
宮様はたいそうご機嫌に、讃岐造に蓬莱山への旅について話してやったそうです。ええ、もちろん、偽りの。

難波の港を出てどこに行けばいいのかもわからないが、輝夜姫を得られないのであれば生きていても仕方ない、生死を賭けて海上をあてどもなく彷徨うほかないと覚悟を決めた。船旅には大いに危険がつきまとった。あるときは嵐に遭い海底へ沈みそうになり、あるときは南海の小島に漂着して鬼のような生き物に食われそうになった。食料は尽き、船には病が蔓延した。
しかしあるとき、ふと目を凝らすと、非常に険しく高い、そして美しい形の山が見える。慎重に近づくと、天女のようななりをした女がいる。その女にここはどこかと訊ねると、蓬莱山だと答えた。それを聞いて辺りを見回してみると、この世のものとは思われぬ美しい風景が広がっている。見たこともない美麗な花が咲き乱れ芳香を放ち、金・銀・瑠璃色の川には宝玉で飾られた橋が架けられている。そして、輝夜姫の言う通りの玉の枝も確かにあった。
蓬莱山から帰る旅も、往路と同様厳しいものであったが、それよりも強い不安に苛まれ続けた。何しろ、姫の言う枝は、蓬莱山にあった木々や花の中では見劣りのする物。かといって姫の言うのと違う物を持ち帰ってもいけないと思いこの玉の枝を採ってはきたが、これでいいのか、それとももっと美麗な枝を選べばよかったのかと気にかかり、それに比べれば嵐や鬼など心配の種になぞならなかった。
ははは、面白うございましょう。宮様のことですからお顔の色ひとつ変えずに、実にもっともらしく語ってやったに違いありませぬ。その証拠に、宮様のお話に讃岐造は「この爺でもそんな苦労はしたことございませぬ」と泣いて聞く有様だったそうです。宮様は、輝夜姫を手に入れられるのであればかような苦労などすぐに忘れる、と言って、讃岐造を慰めてやったそうですよ。
そうこうしているうちに日も暮れてきて、ようやく念願叶うという段に玉の枝を作った職人達が讃岐造の邸に押し入りまして……。ええ、まだ禄を与えていなかったものですから、それを請求しにやってきたのです。それで玉の枝が贋物だとばれてしまい、宮様は輝夜姫を手に入れる前に逃げ帰るよりほかになかったとのこと。
まったく、しくじりました。枝が仕上がったときは、とにかく一刻も早く京に戻って輝夜姫の許に行かなければと、気が急いておりましたので。何しろこれだけ手間と金をかけたのに、他の求婚者に出し抜かれては苦労が水の泡になってしまいますゆえ。
とはいえ、そこで私だけでも職人達への手当に気を回し、きちんと処置しておればよかったのです。はい、宮様に何度も不手際をお詫び申し上げました。とはいえ宮様も職人達への褒美なぞ、輝夜姫を首尾よく手に入れた後でもよかろうとお考えでいらっしゃったようで、まさかきゃつらがあんな行動を起こすとは思ってもいらっしゃらなかったようでして。たいそうご機嫌悪しくいらっしゃいましたが、私めに対してはお咎めはございませんでした。まぁ、だいぶん愚痴と嫌味のお相手はいたしましたが……。

職人達が騒いだこともあり、他の求婚者方も何やかやとございましたので、宮様の一件も世間に知られてしまったのはご存知の通りです。宮様は、輝夜姫を手に入れられなかったことも悔しく思し召しとは存じますが、当代一の貴公子と自負していらっしゃったのが笑いものにされてしまったということをたいそうお気に病まれて。
朝廷にも筑紫で湯治するなどと申し上げていらっしゃった手前参内もお控えになって、しばらくは身を隠していらっしゃいました。とはいえ再三主上からお召しがございましたので、帰京なさった次第です。

車持皇子様が輝夜姫を娶らずに済んでよかったと思うか、ですと?
さぁて……。どうでしょうか。

あの後の騒ぎと今の後宮のことを考えますと……。これは私見ですのでお聞き流しいただきとうございますが、やはり輝夜姫は宮様に縁づくのがよかったのではと思いまする。
宮様はあの通り男女の機微や世知というものに精通してみえる方ですから、いくら輝夜姫が類稀な美貌の持ち主とはいえ、見境なく溺れてしまわれるということはなかったと思います。
お珍しい間は夢中におなりでしたでしょうが、先ほど申し上げましたとおり輝夜姫なぞ所詮は下賤の者ですから、そのうちに飽いて程々のお相手として程々に遇されたと存じます。今のように公卿の方々がお心を痛められるような事態にはならなかったと思うと、その度にあのときの不手際が悔やまれます。

宮様は、輝夜姫なんぞに関わるとろくなことにならぬ、早う記憶から消してしまいたいなぞ仰っておりますがね。
もっともこんな状況では、この先も関わらずにお過ごしになることなど無理なことでございましょう。